Starry Sky

ゲイによるノンケ向けのゲイ恋愛小説です。性的表現は控えめですがなきにしもあらずなので苦手な方はご遠慮ください。

小説

015. ツンデレーション(前編)

「オイ」
「…なんやねん」
「自分、高校生やろ?」
「だったらなんやねん」
「学校は?」
「…フケた」
「そうか。勉強嫌いか」
「……ほっとけ」
「あのな、ホントならとっ捕まえて学校に引きずっていくとこやで」
「出来るもんならやってみれや」

平日の昼間。学校をサボって
ゲームセンターでストIIに勤しんでいる最中に
横から話しかけられてオレは不機嫌だった。

「まあ、オレも高校の頃は勉強が嫌いやったからな、
学校に行っても友達は居らんかったし
学校に行きたくないお前の気持ちが全く分からんわけでもないからな」
「イジメられっ子ってヤツか?ダサいの」
「イジメとはちょっと違うな。
オレらの年代のイジメはもっとこう、暴力的やったからな」
「ふーん…」
「ま、そんなんやから別に無理矢理学校に行けとは言わん」
「やったら、ほっといてくれや。オッサン」
「オイオイ。オレまだ20代やで。…まあ来年30やけど」
「高校生からしたらオッサンやわ」

ゲームに集中できず、ダルシムに負けてしまった。

「ああ!オッサンが話しかけてくるせいで負けたやんか!」
「悪い悪いwホレ、100円。これでチャラやろ」
「補導もせずにゲーム代まで出すんか」
「アホ、無意味に補導されんように保護者代わりになってやっとるんやんけ」
「つーかオッサンなにもん?うち金持ちちゃうで」
「ははは、オレは『お巡りさん』やでw 今日は非番やから私服やけど」
「ウソつけ。普通おまわりが学校フケた高校生をほっとくか」
「ほな制服姿見せたるから、明日スー玉で万引きしてみるか?」
「アホか、それ捕まるの前提やんけ」
「冗談やってw まあ、お前がこれからも学校サボるなら
そのうち制服姿でウロウロしてるとこ見たりもするんちゃうかな」
「…真面目に仕事せえよ、税金ドロボウ」
「はははw まあ、学校サボるのはええけど…犯罪はするなよ」

そいつはオレの肩に手を置くと
真顔でオレの目を真っ直ぐ見つめて言った。
スポーツ刈りが伸びたような頭、不精髭、ジャージ…
ホンマに警官か?と思うような井手達だったが
オレの事を見つめる真剣な視線は
本気でオレが犯罪に手を染めない事を願っていた。そう感じた。

「お、オッサンが高校生に手を出すのも犯罪やで」
「ははは、なに照れとんねんw
そうや、オレは川口龍次って言うんや。
浪速警察署勤務やから変なヤツに絡まれたりしたら飛び込んで来いよ」
「オッサンの世話になんかなるか。も…、もう帰るわ」
「おう、気をつけて帰れよ」

オレは顔が熱くなるのを感じた。
…なんだこの感覚。異様に胸がドキドキする。
性的な興味は既に男にしかなかったが
一人の男に対してこんなドキドキしたことなんかなかった。
多分赤くなってる顔を見られまいと慌ててゲーセンを出ようとして足を止めた。
そして引き返してその男のところに戻った。

「ん?どうした、忘れ物か?」
「これ」
「100円?」
「借りは作りたないし」
「ははは、そうかw」

笑いながら差し出した掌に載せた100円玉を
無骨な指で摘み上げる。
掌に指が触れる。汗が出てきた。
015
「……橋口」
「ん?」
「橋口泰三…オレの名前」
「泰三か。男らしい名前やな」
「ほな…」
「おう!たまには学校にも行けよー」

(川口…龍次か…)

自転車をこぎながらさっきの事を反芻するように思い出す。
何度も何度も、
あの人の真っ直ぐな目を。
肩に置いた手の温もりを。
優しい笑顔と低く張りのある声を。

オレはその夜なかなか眠れなかった。
でもあの人の言う通り、たまには学校に行ってもいいかな、
なんて思っていた。続きを読む

014. 分からない事だらけ でも安心できるの

付き合い始めて1ヶ月が過ぎた。
お互い平日仕事で土日が休みだったので
毎週金曜の晩からどっちかの家に泊まって
週末はずっと一緒に居た。
泰三さんはいろんな料理を作ってくれて
オレはいろんなお菓子を作ってあげた。
慶吾や康太ともたまに遊んでた。
泰三さんは優しくて、心からオレの事を愛してくれた。
オレも泰三さんの愛に応える為に精一杯愛して幸せな日々を過ごしていた。

今日も泰三さんと一日一緒に過ごした。
泰三さんはベッドに服を脱ぎ散らかしたままお風呂に入ってる。
これじゃあ寝転べない。

「もー、服ジャマー!」

服を鷲掴みにして床に放り投げた。

ボテ

っという感じで古い財布が転がり出た。
小銭入れのボタンが外れて小銭が散らばってしまった。

「あーもう」

しょうがないなという感じで、
小銭を拾い集めると財布に戻した。

「なんでこんなボロい財布使い続けてんだよ。もう!」

(そうだ、泰三さんの誕生日に新しい財布を買って…あっ!)
考え事をしていたせいか、手が滑って財布を落としそうになった。
慌てて掴みなおしたが、今度はお札入れの方から何か紙が落ちた。

「…え?」

床に落ちていたのは古い写真だった。
警官の制服を着た男が写っていた。

(オレ…じゃない。オレに、そっくりな……誰だ?)

心拍数が上がっていく。
よくない想像が湧いてしまう…。
でも、ここで取り乱すわけには行かない。
オレはそっと写真を財布に戻して泰三さんが出てくるのを待った。

「ああー暑ぅ」

泰三さんがお風呂から出てきた。
腰にタオルを巻いたままオレの隣に座ってくる。
014

「泰三さん…」
「どうした?なんか顔、暗いで」
「うん…ゴメン、財布…見ちゃった」
「……何?」
「服がジャマだったから、どかせたら財布落としちゃって、
それで拾ったら中から写真が出てきて……」
「!……見てもーたんか……」

泰三さんは複雑な表情をしている。
オレが、あの写真の人に似てるから…
オレは、あの写真の人の代わりに…?
心の中でまた嫌な想像が暴れ始める。
胸がキリキリと痛んだ。

「オレにそっくりだった…あの人は、誰?オレは、泰三さんにとって…」
「そんなんやない」
「でも……」
「いつかは話さんとあかんと思ってた…聞いてくれるか…?」
「……聞きたく…ない…」
「頼む…聞いてくれ」
「……でも………」
「お前は、あの人の代わりなんかやない。お前は、お前や。
オレにとってたった一人の大切な恋人やで…。
だから……聞いてくれるか……?」
「……」

泰三さんはゆっくりと背中をさすりながら話しかけてくる。
オレは…あの人の代わりじゃない…でも……
どんな話なんだ…?聞くのが怖い……。

泰三さんはまだ話し始めない。
右手で背中をゆっくりと撫でながら
左手でオレの手を取ってゆっくりマッサージしてくれる。
初めて会った時にも感じていたが
泰三さんは心の強張りに敏感なんだと思った。
そしてその度、焦らずにゆっくりと緊張をほぐしてくれた。

(なんか…安心、できるんだよな……)

気がつくと自分でも無意識に体が緊張していたようで
体の力がスッと抜けていくのが分かった。

「大丈夫か……?」
「うん…ゴメンね……」
「……ほな、聞いてくれるか?」
「いいよ、オレは泰三さんの事、信じてるから」
「イヤ…聞いてくれ。隠し事はしたくない」
「でも……」
「大丈夫やって。大昔の話なんやから。
それにここでお前がうんって言わへんかったら15話に続かへん」
「は?15話?」
「え?今オレ、15話って…?
と、とにかく、聞いてくれるか?」
「う、うん……」続きを読む

013. 最高の甘い笑顔でウソついた

小説013. 最高の甘い笑顔でウソついた(いよいよか…なんか、変な感じやな)

ユキヒロはユニットバスに篭っている。
ゲイはいちいち準備が面倒なのだ。

(セックス自体何ヶ月ぶりやろ…?
今年に入ってからはやってないし…ヘタしたら半年以上!?
うわー…ちゃんと立つやろか…)

そんな事を思いながら体を起こし、ベッドに腰掛ける。
視線の先にはカバンがあった。
あの中に入っている財布…
それをくれた人の写真が財布の中に入っている。

(龍次さん…)

龍次さんとの時はオレがウケだったのに…
なんかそう思うと変な感じがした。

(でも、オレは龍次さんと関係なしにユキヒロが好きや)

初対面の時、龍次さんにあまりに似ていたから
それで惹かれたのは確かだった。
しかし今はユキヒロの中身により強く惹かれている。
龍次さんの代わりなんかじゃない。
自分の正直な気持ちを再確認した。

(……!?あかん!出てくるな!!)

記憶はふとした拍子で過去の傷を引っ掻く。
あの男の声、顔、痛み…
思い出したくないモノが蘇る…ああ……
ガタガタと体が震えだす。情けない。
オレは、オレが今まで鍛えてきたのは…

(体だけじゃないはずだ……)

水の音が止まった。
ユキヒロが出て来る。ヤバい。
黒い記憶を振り払う様にブンブンと頭を振る。

「何やってんの?」
「え?ああ、首が凝ってるなーと思ってな。よし、オレもシャワーしてくるわ」

とっさに笑顔を作り、ウソをついていた。
ユキヒロは特に疑う様子もなくタオルを差し出してくれた。

(……変な事考えて中折れすんなよ。ただでさえ久々なのに)

シャワーを浴びながら洗面台の鏡を見つめる。
あの時につけられた傷を隠すために掘ったタトゥー…
ユキヒロは見ても何にも言わなかったな。
こんなヤツ、どう見ても堅気じゃないのに。

(ホンマに好いてくれてるんやろな)

体を拭いて風呂から出る。
ユキヒロはベッドに腰掛けてニコニコしながらこっちを見ている。
隣に座って肩を抱く。柔らかい肌の感触が心地いい。
温かい体温を感じる。生きているという実感が湧く。

「……オレはユキヒロだけが好きやで」
「オレも、泰三さんだけだよ」
「ずっと、一緒に居ろうな…」
「うん……」

ゆっくり押し倒す。目を閉じないでキスをする。
ユキヒロの事だけを見ていたかった。
両手と舌でユキヒロの体をゆっくり探っていく。
どこが敏感なのか、宝探しをするように。

ユキヒロもオレの体を撫でてくる。
筋肉の一つ一つを確認するように、ゆっくりと。
そうだ…オレは…ユキヒロを守るために
今日のために鍛えてきたんだ。

(あんな思いは…絶対に…)

コンドームをつけ、ローションを塗った。

「ええか…?」
「うん…」
「ゆっくりやるからな…」

少しずつ、少しずつ、時間をかけて俺達は一つになった。
心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいドキドキした。
下半身が痛いくらいだった。

(……中学生かw)
013

「…どう、したの…?ニヤニヤ…して」
「……自分でも呆れる位元気になっとるなって思ってなw」
「うん…すげー硬い…w」
「痛くないか…?」
「大丈夫…気持ちいいよ」

オレはユキヒロに覆いかぶさり、キスした。
ゆっくりと動き出す。だんだん頭が真っ白になっていく。

***

「はあー…もう動けない……」
「気持ちよかったか?」
「頭真っ白w 初めてトコロテン*したよ」
「ウソやろー。初めてで4回もするか?」
「本当です」
「じゃあ…相性バッチリなんやろな」
「そうだね。何回、このまま時間が止まったらいいのに、って思ったかw」
「オレもやわw」
「つーか泰三さん…量多すぎw」
「アルギニン*のおかげやなw」
「オレも飲もうかなー」
「ほな、次買う時一緒に買っとこか?」
「うん♪」
「でもその前に、米くらい買えw」
「えー(;´ω`)」
「オレがうまいおかず作ったるから」
「じゃあオレはデザート係ね」
「ずっと一緒やで…」
「うん。愛してるよ。泰三さん」
「ああ。オレも好きやで」

ユキヒロは笑顔で、オレにキスをしてくれた。続きを読む

012. お願い、想いが届くようにね

家に帰ると早速お菓子を作り始めた。
2人はドアを隔てたリビングを掃除してくれている。
作るものはチョコムースタルトにしようと決めていた。
30分ほどでタルトは出来上がった。後は冷蔵庫で冷やすだけだ。

そして最後の仕上げ…の前に

「掃除ははかどってるのかな…ってオイ!」
「あ」
「あ。じゃないよ!なにマンガ読んでんの!?」
「いやあ、ハガレンおもろいなあ。食わず嫌いはよくないわ(´ω`)」
「感想とか聞いてないし!つーか読み終わった本で余計散らかってるよ!」
「アホか、これは今から読む分やで」
「イヤ、そんなんどっちでもいいから!」
「つーかお菓子まだー?(・3・)」
「次にここ開けた時片付いてなかったらオレが全部一人で食う!」
「太るでw(´ー`)」
「太るよw(´ー`)」
「そ…それでもいいもん!ε=(*`ω´*)」

まったく…。
さて、続きに取り掛かるか。オレはチョコプレートとチョコペンを取り出した。
これだけは絶対に見つかるわけにはいかなかった。
スーパーでも別行動にしたほどだった。

「これでよし…」

チョコプレートを冷凍庫に入れる。

「さあ。後はできるまで放置だから掃除手伝うよー」
「手伝うって…お前の部屋なんだけど…」

***

「ご馳走様!」
「たまにはピザもええなー」
「そうだねー」
「ユキヒロお菓子まだー?」
「はいはいお菓子お菓子」

タルトにチョコプレートを載せてテーブルに出した。

「ハイどうぞ!」
「……へ?」
「おお!(*゚∀゚)=3」

タルトの上に載せたチョコプレートには

『たいぞうさんへ オレとつきあってください』

と書いておいた。一応、ってワケじゃないけど、きちんと告白したかったから。

「こういうことでしょ♪ムードのある告白って」
「お前……」
「ヒューヒューだよ♪」
「牧瀬は古いw」

お皿を取りに行こうとした時、ガッと手を掴まれてそのまま抱きしめられた。

「ありがとう…ホンマに……オレも、大好きやで」
泰三さんの声は少し震えていた。

***

「さて…と。それじゃ、帰るわ」
「え、何で?まだ1時じゃん」
「いいの。邪魔者は去りますよw後はごゆっくりwww」
「アホ!」

ちゃんと付けてからやれよ!と余計な一言を残して慶吾は帰っていった。
玄関先で慶吾を見送った俺達の間に妙な沈黙が流れた。

「……えーと」
「……風邪、ちゃんと治してくれたから…」
「ん?」
「約束…。ご褒美だよ」
012

オレは背伸びをして泰三さんにキスした。
自分からリードするつもりだったけどキスしただけで頭が真っ白になった。
たぶん10〜20秒くらいの事だったんだろうけど
すごく長いような、一瞬の出来事のような…
俺達のファーストキスはそんな感じだった。

「……これだけか?」
「…他にも?欲張りw」
泰三さんはオレを抱き上げてベッドまで運んでくれた。
「……好きやで。ユキヒロ」
「オレも…大好きだよ。泰三さん」
キスしながらジャージのファスナーを下ろした。下はタンクトップだけだった。
タンクトップもゆっくり脱がせた。初めて見る泰三さんの裸。
「すげー体…」
「お前も脱げや…」
泰三さんはオレのTシャツを脱がせた。
「綺麗な肌してるやん」
そのまま抱きしめられ、ゆっくりと押し倒された。
肌と肌が触れ合う感触はすごく好きだ。それが、愛してる人なら尚更。

「でかいな…」
「そ、そうかな…?泰三さんのも結構でかいんだけど」
「そうやろ?w」
「自分で言ってるしw」
「なあ…ユキヒロはどっちなん?」
「オレはタチリバだよ。泰三さんは?」
「オレはウケはちょっと…な、こんなでかいの無理やわ。タチってええか?」
「うん、いいよ。じゃあ…準備してくるね」

オレはその時泰三さんの表情が
ほんの少しだけ曇った事に気付いていなかった。

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011. 少しの意地とキミよダーリン

「おい、起きれ」
「そんな事より、から揚げの作りからが分からないんだけど…(σω=)。oO」
「ユキヒロー、朝やで、起きれ」
「んー…だからね、泰三さ…ハッ!Σ(゚Д゚;)」
「おはようございます」
「おはよ…オレ今なんか言ってなかった?」
「から揚げの作り方が分からんってなんやねん」
「……(;^ω^)エヘ」
「少しは体ラクになったか?」
「うん…もうすっかりよくなったみたい。ありがとね」
「そっか。それにしてもお前の家…汚いな」
「あ…えーと…」
「とりあえずまだ7時やし、部屋軽く片付けてメシでも食いに行こうや。
ゆうべからなんも食べてないから腹減ったのに
おまえんちの冷蔵庫水しか入ってへん」
「た、たまたま切らしてるだけなんだからっ!
いつもは松坂牛とか、名古屋コーチンとか、イベリコ豚とk…」

ペチ。

「アホな事言っとらんとホレ、早よ起き」
「はーい(´・ω・)」

あーなんか泰三さんと一緒に居るとホント和むな。
俺達は散らかってる服やカバンを片付けて
近所の定食屋さんに出かけた。

「オレは…アジの開き定食にするかな。ごはん大盛りで」
「ちょ、泰三さん決めるの早すぎ。
え、えっと、えっとオレは…えーと…だし巻き卵定食」
「お前優柔不断やなあ」
「だってどれもおいしそうなんだもん…」
「…ま、そんだけ食欲あるなら安心やな」

泰三さんは嬉しそうに目を細めた。
今更ながら、かっこいいなと再認識した。
自然と鼓動が早くなる。
やっぱりオレ…泰三さんに惹かれてる。
(告白…いつしようかな)
エッチより先に人を好きになるってはじめてかも。

しばらくして運ばれてきた定食を二人で食べた。

「お。美味いやん」
「でしょー。安いし美味しいから、ここ大好きなんだよ」
「それで冷蔵庫空っぽなんやなw」
「ゴホッ!ち、違うって…たまには…作るよ」
「ほー。何が得意なんや?」
「………シュークリーム…」
「は?」
「シュークリーム。あと、タルトとかマカロンとかプリンとか…」
「…全部お菓子やんけ」
「申し訳ございません。料理できません」
「素直でよろしい」
「でも、結構評判はいいよ」
「ほな、帰ったら何か作ってくれるか?」
「了解♪じゃあこのあと買い物行こうね」
「おう」

定食を食べ終えて会計を済ませた。
ダメだって言ったのに泰三さんがお金出してくれた。
お菓子作ってくれる分の材料代やからって。
何かそういう気遣いも嬉しかった。

二人でスーパーに向かって歩いていると
前から見慣れた人影が歩いてきた。
慶吾だった。
オレの足取りはどんどん重くなっていった。
あいつも俺達の事に気づいたらしい。
表情が固くなる。
俺達の距離はどんどん縮んでいく。
10m…5m…2m…

「ユキヒロ……」
「……慶吾…」
「…こいつか」

うっかり慶吾の名前を口にしてしまった。
ハッとして泰三さんを見上げる。
その表情は険しく、口の端が歪んでいる。
奥歯をかみ締めて怒りを堪えている様だ。
011

殴りかかったりしないだろうか。
すぐにでもこの場を離れた方がよさそうだ。

「…泰三さん、行くよ」
「……」

慶吾の横を通り過ぎる。
泰三さんは突き刺すような視線を慶吾に向けたまま
渋々といった感じでついてきた。

「ま、待ってくれ!」
後ろから慶吾の声が聞こえた。
「……何か用か?お前ら…
オレの連れにずいぶんと酷い事してくれたみたいやけど」
堪忍袋の緒が切れかけた様子の泰三さんが慶吾に歩み寄る。
その迫力に気圧されした慶吾は後ずさった。
「ちょ、泰三さん!泰三さんはちょっと下がってて」
「そんな事言うてもお前…」
「いいから。慶吾はオレに用があるんだろ?」
泰三さんを止めてオレは慶吾に近づく。
慶吾は言葉を捜しているようだった…
「………本当に…ごめん!」
「……」
「友達なのに、あんな事…
簡単に許して貰えないかもしれないけど
俺達、昨日約束したんだ。
ユキヒロに許してもらえるまで絶対に会わないって」
「………」
「あの時は即答できなかったけど、
オレは康太の事が本気で好きで…
自分の欲望に目がくらんで、ユキヒロの事考えてなかった…
今までもバレなかったんだし、大丈夫だって甘く考えてた」
「……なんか、ムカつく」
「……ごめんなさい……」
「なんかヤな感じ。謝ってくるの早すぎるよ。
もうしばらく俺にとって悪役のままで居てくれた方がよかったのに。
なんかザマミロって思えなくなっちゃったじゃん」
「……え…?」

少しだけ意地もあったけど
慶吾が心から謝ってるってのは
長年の付き合いですぐに分かった。

「まだ、許すか?って聞かれたら、悩む所だけど
昨日は顔も見たくないって思ってたけど
…まあお前らセットじゃなきゃ、個別になら会ってやってもいいよ。
でも完全に許したわけじゃないから、お前ら会うのまだ禁止な」
「……ユキヒロ…」
「つーかここで何してんの」
「イヤ、暇だし…散歩…
じゃなくて、えっと、また遊んでくれるって事?」
「康太と慶吾、別々になら、っていう条件付きだけどね。
そうだ。ヒマなんだったらうちの掃除してかない?」
「は?」
「まだ完全に片付いてないんだよ」
「なあ…ホンマにええんか?」
「いいよ。伊達に付き合い長くないから、
謝り方ヘタクソだけど気持ちが伝わっちゃってw
それにもうオレも昨日の事で吹っ切れちゃったしw」
「お前がええなら、まあ…ええけど」
「えっと…こちらは…?」
「ああ、泰三さん。康太に振られた日に知り合ったんだよ」
「どうも…橋口です」
「はじめまして…坂本です」
「言っとくけど泰三さんとは別に何もないからな」

泰三さんの顔をチラッと見ると少し寂しそうな目でこっちを見ていた。
オレはニヤリと目配せをすると言葉を続けた。

「……まー、オレの中ではもう彼氏同然の存在だけどな!w」
「……っ!!」
「ちょ、ユキヒロ、声が大きいよ!」
「いいじゃん、オレは自信持って言えるよ。泰三さんが大好きだって。
ねえ!泰三さん」
「……アホ!」

バシッ!

「イテッ!」
「あっ」
「なんだよー。泰三さんはオレの事嫌いなの?」
「ち、ちゃうわ。告白ってもっとムードがこう…なあ?」
「あら、泰三さん意外と乙女?w」
「アホか、朝っぱらから路上でするような事ちゃうやろ普通」
「好きな気持ちに朝も夜もなーい!」
「あのー…」
「お前なあ…」
「あー、照れちゃって!w」
「えーと……あの!」
「なんだよ!」
「あぁん!?」
「……えっと、おめでとう!」
「……ありがとう」
「…ああ、ありがとな」
「だから、さっさとこの場を離れよう。恥ずかしいよ」

気づいたら道行く人がチラチラとこちらを見ていた。
泰三さんがぐるりと見渡したらみんな慌てて目をそらしていた。

「…そうやな。日陰者達は退散するか」
「よし、じゃあとっとと買い物済ませて帰ろう」
「え、買い物って、またお菓子作り?今日は何!?」
「ほら、この慶吾の食いつき見た!?オレのお菓子は美味いんだよ」
「ホンマか、楽しみやなあ」

スーパーに向かうゲイが3人…
短髪2人に髭坊主のマッチョ、みんなが避けて通った。
全員オネエじゃないのがせめてもの救い…なのかな。続きを読む

010. GAME

「名取ユキヒロか…ユキヒロ…ユキヒロ…ひひひひひ」

カーテンで力をなくした太陽の光を
銀色の刃が鈍く反射している。
きれいだなあ。

「ユキヒロは、どう思う?うひひ」

壁にかけてあるパネルめがけて思い切り投げつける。
刃はユキヒロの股間に突き刺さった。

「おお。痛そうだなあああああアハははははハアハあはああ」

その様子を見てオレは股間が熱くなるのを感じた。
たまんねーな…。でもまだ早い。
オレは5メ*を持って新宿のハッテン場に向かった。
前回は3日前だったか。その時もユキヒロに似たやつを探して掘った。
そいつはバリウケ*だったからつまらなかったな。途中で萎えて捨ててきた。
やっぱり嫌がるタチをやるのが一番だ。ユキヒロに似てればサイコーだ。
今日の獲物は…。

(みーつけたぁあw)

本物よりちょっと細いが、かなりユキヒロに似てる。
ロッカーキーは左、タチだ。*
ヤツは通路で品定め中といった風情だった。
オレはわざとゆっくりやつの前を通りすぎる。
ヤツの視線がオレの体を追ってきた。よし。
オレも視線を絡ませながら2〜3歩通り過ぎ、ゆっくり振り返る。
ニヤリと笑う。やつはゆっくり近づいてきてオレの胸板を触る。

「すげー体っすね…ウケですか?」
「どっちでもいいぜ。お前は?」
「バリタチ*ですよ」

オレは嬉しくて笑いそうになるのを必死で我慢した。
こいつを犯せる。ユキヒロに似たバリタチを。

手っ取り早く近くの布団に転がり込んだ俺達は
ひとしきり絡み合った。
そして枕元にあったポーチから5メを取り出すと
ゆっくりそいつのケツに仕込んだ。
ヤツは俺がタチろうとしてると勘違いして手を払う。

「指入れるだけだから…な」

と言ってカプセルをさらに奥に押し込む。
胸がドキドキした。早く犯してぇ。
まるでプレゼントを目の前に焦らされてる気分だった。
でも我慢だ…まだ…効き始めるまでは。

しばらくするとやつの様子が変わり始めた。
ヤツも体の異変に気付いたのか、
オレの方を驚いた様子で見ている。

「効き始めたみたいだなあぁぁあw」
「な、何を…」
「たっぷり仕込んでやったぜ。ゲーム開始だ」
「ヒ…いや、だ……!!」
「イヒヒヒヒ、もっと嫌がれよおおおおぁぁぁぁああはははは」

顔は恐怖で震えている。
たまんねぇ……。
完全にキまってるみたいで逃げようとするが力が入らないようだ。
まあ、キまってなくても力でこいつに負ける気はしないがな。

(いよいよだ…)

オレは熱くなった股間をあてがった。
「や、やめてくれ…!」
「だぁーーーめぇえぇぇw うひひひいぃ」
「生*は…ダメだ…!!」
「ヒヒヒ、アガるぜ、お前の嫌がってる顔ぉおw」

右手でヤツの両手首を掴み、左手で足を持ち上げて
ガンガンに突き上げる。
大声出されたらどうしようかと思ったが
すっかり怯えきって声も出なくなっているようだ。
涙がこぼれている。たまんねえな。ユキヒロもこんな顔するかな。

「ユキヒロ…ユキヒロ…アハハハハハハハハハ!」

ユキヒロの名前を叫びながらオレは果てた。
そいつの事はもうどうでもよくなった。
シャワーを浴びて家に帰った。
ユキヒロのパネルに刺さったナイフを抜いて
テーブルの上にポイと投げた。
ナイフはテーブルを転がり写真立てにぶつかって止まった。
その中には、「あいつ」の写真が入っていた。

「龍次…今日もユキヒロに似たヤツ掘って来たぜw
バリタチでメチャクチャ嫌がってたなあ。
お前にも見せてやりたかったよw」

そのままベッドに寝転んだ。
目を閉じると今日の相手の泣き顔が目に浮かんだ。

「ヒヒ、ッヒヒヒヒ……」

また股間が熱くなってきた。

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009. 灰色の雲と雲の間に

家に着いた時は頭の先から爪先までずぶ濡れだった。
カバンを放り出し、服も全部脱いでパンツのまま布団の上に倒れこんだ。

(………頭イテェ…)

頭の痛みで昨日久々に酒を飲んだ事を思い出した。
泰三さんとの事も。

(オレだって、似た様なもんじゃねーか…)

振られたその日に、酒のせいとはいえ
知らない男とセックスしようとしてた。
偉そうに人を責める資格なんてないのに
自棄になってハッテン場に行くより
断る事も出来たあの状況で誘いに乗る方が
よっぽどたちが悪いように思えた。

(……いっその事全部リセットできたらいいのにな)

何をどこからどこまでが全部なのか分からないけど
とにかく今の状況から逃げ出したかった。
自己嫌悪と捨てきれない憎悪を抱えたまま
いつしか俺は眠りについていた。



(……寒い……)

気づいた時には部屋は真っ暗だった。
関節が痛み、ものすごい寒気がした。
裸で濡れた体で、布団もかけずに寝たせいで
すっかり風邪を引いたみたいだった。
だるさで動きたくなかったが、冬物のフリースを出して着た。
布団に包まっていても歯がガチガチと鳴った。
水分を取らないと…。
ミネラルウォーターのボトルが何本かあったはずだ。
そう思って冷蔵庫を開ける。
とりあえず買い置きの薬を飲み、2リットル一気に飲み干した。

しばらく布団に包まっていたらチャイムの音が鳴った。
なんかの勧誘か…?無視していたがチャイムはしつこく鳴り続けた。
重い体を引きずって受話器を取る。

「はい……え?」

ディスプレイには泰三さんの顔が映っていた。
高円寺だとは言ったけど家の場所は大まかにしか言わなかったし
部屋番号もまだ教えてなかったのに、どうやって?

「オレや。開けてくれー」

状況がつかめないまま開錠ボタンを押す。
しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。
玄関まで迎えに行く。

「よう♪忘れもんやで。お前普通ケータイとか忘れるか?現代人として…」
「………」
「おい、どうした…?」

泰三さんの顔、声、匂い…
涙が溢れてきた。思い切り抱きついた。
玄関先だというのにオレは声を上げて泣いた。
泰三さんは何も言わずに頭を撫でてくれた。
009

ようやく泣き止んだオレを布団に寝かし、
アイスノンやら水やらを準備してくれた。
オレは途切れ途切れに事の経緯を話した。
泰三さんは怒りを露わにして聞いた。

「はあ!?そいつの家どこや!」
「いいよ、オレだって振られたその日に泰三さんと…」
「アホか!そいつはお前と付き会っときながら他の男とヤッてたんやで!
お前が許してもオレが許されへん!しばき倒してくる!」
「お願いだから、やめてあげて。康太は家庭もあるから…」
「そんなこと言うても、お前…」
「慶吾も大事な友達だから、今はそりゃ、顔も見たくないけど…
でもだからって暴力で解決しちゃダメだよ…」
「でもなあ……」
「泰三さんには、悪者になって欲しくないから。お願い…」
「う……」

泰三さんはまだ腑に落ちないというような表情だったが
しばらくすると少し冷静になってきたようだった。

「そうやな…相手に怒りをぶつけるよりも、
お前が一秒でも早く元気になるように支えてやらなあかんよな。ゴメンな」
「うん、ありがとう。でも、とことん突き落とされて良かったかも。
なんかゆうべの康太への未練がすっかりなくなった感じ」
「そうか…、良かった…んかな?」
「うん。それに、泰三さんが居てくれるもん。
あ…、そういえばどうやってうちが分かったの?」
「ああ…謝ろうと思うててん。住所分からんかったし、
ケータイの番号とメアドしか連絡手段交換してなかったから
勝手にプロフィール見て、登録されてる住所を探したんよ。ゴメンな」
「そうだったんだ。ありがとね、わざわざ届けてくれて…。
でも、今日はそろそろ…」
「何でや?明日も休みやろ?月曜日ちゃんと出れるようにしっかり看病するで」
「だって、うつしたくないもん…」
「アホ、お前にやったら、インフルエンザでも何でも喜んでうつされたるわ」
「泰三さん…」
「やから…キス、しよ」
「……」
「オレが、全部忘れさしたるから…」



(泰三さん……)



「やっぱり、ダメー!w」
「はあ?何でやねん」
「だって泰三さんまで風邪引いたら
オレの事は誰が看病するの?泰三さんの事は?」
「うぐ…」
「だからはいちゃんとマスクして。
そこの引き出しに救急箱があるからその中。
オレの分も取ってよ」
「おいおい、いきなり人使いが荒くなったの(;´д`)」
「とにかく言ったからには今日明日できちんと治して貰いますから」
「しゃーないやつやなあ…」
「ちゃんと治してくれたらご褒美あげるからね♪」
「アホw」

気持ちはすっかり軽かった。
あんだけのショックを受けたからか、
いっぱい泣いたからか
康太の事はもう何とも思わなかった。
いや、泰三さんが居てくれたからだ。
泰三さんがオレの悲しみも、憎悪も
全部吸い取って浄化してくれたから。

心を覆っていた雲はいつの間にか晴れ
柔らかい光で満たされていた。続きを読む

008-SIDE B. 結局大切な宝物までなくした

≪〜♪≫

「あ、康太からだ。なんだろう」

台所で夕飯の準備をしていた時
リビングの方で康太からの指定着信音が鳴った。
もう2008年の曲だけどPerfumeのBaby cruising Loveを
康太専用の着信音にしていた。
サビの最後の歌詞がなんとなく2番手のオレにぴったりな気がしていたからだ。

件名:今日から、改めて宜しく
本文:さっき、ユキヒロと別れたよ。
    だから本気で付き合って欲しい。
    良かったら、これから会えないか?

「え……?」

正直、複雑な気分だった。ユキヒロは俺の親友だ。
あいつが康太を紹介してくれた時も
バカみたいに幸せそうな顔で、オレも自分の事の様に嬉しかった。
でも…何度か3人で会う内に、康太に惹かれている自分がいた。
少しずつオレは、幸せそうなユキヒロに対して
嫉妬の気持ちを感じ始めていた。

ある日3人で遊んだ日の夜中、インターホンが鳴った。
ドアを開けたら康太がいた。ケータイを忘れたと言った。
2人を送り出したのが終電ギリギリの時間だったから
もう終電は行ってしまっていた。
とりあえずお茶を出した。

「終電、もうないね」
「ああ。明日の始発で帰らないとな」
「とりあえずユキヒロにメールしなよ」

そう言って空のグラスを片付けに台所まで行った時
急に後ろから抱きしめられた。
008-2
「ここに泊まっちゃ…ダメかな」
「……いいよ……」

俺達はその日初めてセックスした。
ユキヒロに悪いと思いつつも
その背徳感が他の男とのセックスより興奮させた。
いつか三人でエロ話したとき、康太が冗談交じりに
ユキヒロのはでかいからウケ*の時痛いんだよって言った。
あいつは慌てて否定してたけど確かにでかいのは知ってた。
今オレの下で康太はエロい顔で気持ちいいって言ってるぞ。
フン、お前は一番かもしれないけど
二番手のオレの方が康太を喜ばせてるぞ。

康太を自分だけのものにできない悔しさ
ユキヒロへの嫉妬を全て康太への愛撫にぶつけた。
そして康太はユキヒロと会った日の夜は
必ずうちに泊まるようになった。
そして康太とセックスする時だけは、
ユキヒロに対して優越感を感じていた。

そんな二人が別れた…。
康太が俺と付き合いたいと言ってきた。
望んでいた展開だったけど…。

件名:ゴメン…
本文:嬉しいけど…ちょっと、急すぎる。一晩考えさせて。

わりとすぐ返信が来た。

件名:わかった
本文:明日休みだよな?なんか食いに行こう。10時くらいにそっちに行くよ。

了解とだけ返事をしてベッドに横たわる。
(オレが…康太の…彼氏に…?)
ドキドキした。
(ユキヒロ、ゴメン…)
それでも顔はにやけたままだった。

翌朝、チャイムの音で目が覚めた。
玄関を開けると康太がいた。

「今寝起きか?おはよう」
「おはよ…」

玄関先でキスした。

「返事、聞かせてくれよ」
「うん…好きだよ、康太」
「オレも…なあ、今日はオレがタチっていいか?」
「…いいよ…」

オレはすぐに準備をした。
これから俺達は始まるんだ。そう思うとわくわくした。
そしていよいよ康太がオレの中に…と思ったその時、
部屋のドアが勢いよく開いた。そこには…。

***

部屋には雨の音だけが響いていた。
俺達は結局、こうなる運命だったのか。
パチン、とコンドームをはずす音が聞こえた。

「ゴメンな、オレのせいで…」

先に口を開いたのは康太だった。

「いいんだよ、オレも、共犯者だから…」
「違う、オレが先にお前を誘惑したんだ。ケータイだって、わざと忘れた」
「オレ、康太の事が好きだよ…」
「オレだって慶吾の事が好きだ…」
「でも、ユキヒロの事、考えてなさ過ぎた」
「……そうだな」
「俺達、当分会わない方がいいね…」
「………ああ」
「ユキヒロに許してもらって、ユキヒロが元気になったら、その時また会おう」
「…そうだな。最初からそうするべきだったんだよな」
「うん…」
「…オレは無理かもしれないけど、お前は何があっても取り返せよ」
「康太も、絶対許してもらえるよ。二人でがんばろう」

玄関先で康太を送り出すとき、最後のキスをした。
いつかユキヒロに許してもらえる日までの別れのキスは
苦いタバコの味だった。続きを読む

008. 現実に打ちのめされ

泰三さんの家から自宅がある高円寺までは歩いても30分くらいだった。

(何だ、意外と近所だったんだ・・・)

そう思いながら自宅への道を歩く。
温かく乾いた風が吹いた。目を細める。あくびが出た。
あんな風に抱き合って寝たのは久しぶりだったから
夜中に何度も目が覚めてしまった。

目が覚めるたびに、泰三さんの胸の中だった。
少し見上げるとスヤスヤと寝息を立てている泰三さんの顔が見えた。
小説とか漫画だったらこんなワイルドな見た目のキャラは
イビキや歯軋りはもちろん、
酷い寝相なんて当たり前っていうイメージだけど
その寝方はまるで、女の子みたいで今思い出しても笑えてくる。
朝、トーストをいっしょに食べながらその話をしたら
無言で頭を叩かれたけど…顔真っ赤にしてたから恥ずかしかったんだろうな。
思い出し笑いをしながら歩いているとあっという間に家に着いた。

「あ…そうだ、これ返しに行かなきゃ」

部屋に入って目に付いたのはテーブルの上のPSPだった。
風邪を引いた時に、親友の慶吾から暇つぶしにと借りたものだった。
008

一旦下ろしたナイキのエナメルバッグにPSPを入れ、また肩にかける。
そしてキッチンで水を一杯飲んでから出かけた。
空が少し曇ってきたようだった。

「……康太?」

慶吾の家に向かっていると、前の方に見覚えのある後姿を見つけた。
髪型も、服も、カバンも、カバンについてるストラップも…。
何でこんなところに…?康太の家は多摩市にある。
オレと別れて、高円寺になんて用はなくなったはずなのに…。
昨日オレを呼び出した駅前の喫茶店でも
「当分ここに来る事もないだろうな…」って言ってたのに。
ダメだとは思いつつオレは康太の後ろを気付かれないようについていった。

(嘘だろ…?)

康太は迷う様子もなく、慶吾の家の方角に向かって歩いていく。
慶吾の家は一人暮らしにしては広く、ムダに物も揃っていたので
よく2人で行って、焼肉とかたこ焼きを作ったりゲームして遊んだりした。
康太が家の場所を知っていても不自然じゃない。

(何か、用事があるんだよな…)

雲行きはどんどん怪しくなっていく。
こんな安いドラマみたいな演出、要らないのに…。
出来れば通り過ぎてくれという願いも虚しく、
康太は慶吾のマンションに入っていった。

(しばらくしたら出てくるかな)

マンションの下でちょっと様子を見ることにした。
10分経った。風が冷たくなってきた…
20分経った。小雨がぱらついてきた…
30分経った。とうとう本降りになってきた…
痺れを切らしてオレは慶吾の部屋の前に立った。

インターホンのボタンに指をかける。
押したらいけないような気がした。
鼓動がどんどん早くなっていく。
もし…いや…でも…!!

(どうしよう…やっぱりまた来ようかな…)

結局ボタンを押す勇気もないまま
引き返そうとしたオレの耳に慶吾の声が微かに聞こえた。

『あぁ…康太ぁ…!』

その声に弾かれた様にオレはドアノブを引っ張った。
驚いたことに鍵はかかってなかった。
玄関から伸びた廊下、その先にあるリビングへのドア
歩いて数歩の距離なのに果てしなく遠く感じた。
そのドアを勢いよく開ける。

「慶吾…康太…」

目の前には見たくなかった光景が広がっていた。
ベッドの上で康太が慶吾に覆いかぶさっていた。
そして、二人とも裸だった。

「えっ…ユキヒロ…!?」
「慶吾…お前…」
「ユキヒロ…違うんだ、これは…」

「馴れ馴れしく呼ぶなよ!」

「ユキヒロ……」
「康太…慶吾の事が好きなのか…?」
「………」
「…慶吾は?」
「……」
「即答できないのかよ。遊びなのかよ!」
「……ユキヒロ…」
「今日で10回目だ…」
「何?」
「俺達がこうやって会うのは10回目だ」
「……じゃあ」
「ああ…お前に慶吾を紹介されてから、慶吾の事が気になり始めた」
「康太…もう、それ以上は…」
「お前と会った日、駅で別れた後また改札から出て
慶吾の家に泊まって翌朝始発で帰ってた」
「…………それで…?」
「お前に言った別れたい理由は嘘じゃない。
ただ、浮気を隠したのは必要以上に傷つけたくなかったからだ」
「ふ…ざ、けんなよ!
そんなの自分の優しさに酔いしれてるだけじゃねーか!
長続きさせたかったら直して欲しいって言えばいいだけの事なのに
浮気の罪悪感に負けて
オレの嫌な所を理由に切っただけじゃねーかよ!
自分のした事正当化してんじゃねーよ!」

悲しみが、悔しさが澱の様に足元に溜まっていった。
流れ続ける涙で視界は陽炎のように歪んでいた。
時間が、止まってしまったような気がした。
秒針の音が、嘘の事の様に感じた。
雨の音だけが、部屋の中に響いていた。
もう……おしまいだ。

「ユ、ユキヒロ……」
「PSP…返しに来たんだ…土足で入ってゴメン…」

それだけ言うとオレはPSPをテーブルの上に置き、慶吾の部屋を後にした。
雨は激しくなっていたが傘なんて持ってなかった。
オレは雨に打たれながら、トボトボと家へと向かった。

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007. 恋愛の痛みと熱からの回復

「オ、オイ・・・・・・」

突然の事に戸惑っているような、
そんな泰三さんの声が聞こえた。
きっとこんな風になるとは思わなかったんだ。
オレも自分で何でこんな事してるのか分からない。
でも今はただ……。

泰三さんがゆっくりと寝返りを打った。
目の前に泰三さんの顔がある。

「本当にええんか……?」

その目にはまだ悲しさが残っていた。

「オレ……泰三さんの悲しそうな顔、見たくないよ」
「ゴメンな…オレがずぼらなせいでお前の事、余計に傷つけた…」
「傷ついて、ないよ…ビックリして頭真っ白だったもん…」
「ホンマか…?」
「ホントだよ、ゲイがばれてた事で動揺して、
しかも泰三さんもゲイだって分かって、パニックで何も考えられなくて……
でもただ、泰三さんの寂しそうな背中見てるのが、辛かった」
「そうか…ありがとな」

そう言って泰三さんは少し微笑んだ。
テレビで見る様な格闘家なんかよりずっと厳つい顔なのに
微笑んだ目はすごく優しそうだった。
なんかそのギャップがおかしくてつい笑ってしまった。

「…何や?急にニヤニヤして」
「いや、メチャクチャ厳つい顔してるのに、
こんな優しそうな表情もするんだなって思って」
「そうか…?よく何もしてないのに怒っとると思われるけどな…」
「…確かに、初めて会った時は殺されるかと思ったw
でも、今の泰三さん、すげー優しそうな目してる…」
「…アホ、お前が可愛いからやろ」
「……ありがと、泰三さんもメチャクチャかっこいいよ」
「……フン、この世渡り上手がw」

そう言うと、泰三さんはオレの頭をまたグシャグシャと撫でた。
そしてその手つきは段々ゆっくりと優しくなっていく。
大きな掌が頬に触れる。額と額がくっつく。もう…これは…。

(キスする空気じゃん…)

007


泰三さんが誘ってきてオレがそれに答えた。
その時点で当然こうなる事は予測できたはずだった。
しかし、「今」の状況を把握するのに精一杯で
いざ「そういう空気」になるまで何も考えられなかった。

今まで何度もセックスはしてきたし、
遊びで、その場限りの相手とも何度もやった。
キスくらいいくらでもした。
でもこんな風に相手の事で頭が一杯になって
脳ミソの情報処理能力が足りなくなるような
そんな状況って…。
もしかしたら、初体験の時以来かも…。

背中に回した左手で背筋の溝をなぞってみる。
右手で首筋をなぞってみる。

(すげー筋肉…康太も鍛えてるって言ってたけどそんなの比じゃ…)

ハッとした。
頭の中で無意識に康太の名前が出た。
今さっきまで泰三さんの事で一杯だった頭の中身が
オセロの逆転劇のように康太の名前で埋め尽くされていく。

今まで付き合ったどの男より俺を理解しようとしてくれた。
家庭があるのに無理やり時間作ってまで会ってくれてた。
毎日毎日、よく飽きないなって呆れるほどメールくれた。
オレのつまらない話でバカみたいに笑ってくれた。
一生懸命オレに合わせようとしてくれてたのに、オレは…!

「…どうした?」
「……なんでも、ないよ」

泰三さんの声で現実に戻った。
そうだ、もうここに来て戻れない…。
頭が真っ白だったからとか言って誘いに乗っておいて
ここまで来たのにやっぱりやめるとか自分勝手すぎだよな。
ごめん…泰三さん、やっぱりオレはまだ…。

「…寝よか」
「え……?」

泰三さんは優しく微笑むと、オレの首に手を回して抱きしめた。
自然と泰三さんの胸に顔をうずめる格好になる。
でもなんで急に…?

「お前、また泣いてるやんけw」
「え…?あ……」

ごつい胸板に顔をうずめたせいで、
スエットの生地が涙で濡れてる事に気付いた。

「…ハハ…ごめん…」
「ええよ。今日はいっぱい泣き。
オレはお前が元気になるまでどこへも行かんからな。
ずっと支えたるから」
「……あ、あでぃがとう…」

涙声でうまく言えなかったが
泰三さんはうんうんと言いながら優しく頭を撫でてくれた。
オレは、早くこの痛みを克服して
泰三さんの気持ちに答えられる様になろうと思った。
まだこの先の事は何も分からないのに、なぜだか安心できた…。

続きを読む

006. 2人の航海

(言うてもーた・・・・・・)

心拍数が上がっていく。
汗が出てきた。
後悔した。
でももう乗りかかった船は出てしまった。

***

(それって、泰三さんも…?)

あまりに突然の告白に
頭が真っ白になった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
誘われたって事は
泰三さん的にはOKって事だけど…
オレも泰三さんの事…イケる…けど……
でも、やっぱり…

***

ユキヒロは背中を向けたまま動かない。

(もう寝たんか?早すぎやろ。さっきまで喋っとったのに…。
やっぱり振られたその日に別の男となんて
さすがに…なぁ……。
アホかオレは。あの人に似てるからって先走りしすぎやろ)

オレの一言が余計にユキヒロを傷つけたかもしれない。
何が「こいつの心の時間が動きだす手助けになれたら」だ。
独り善がりな思いやりで結局相手を傷つけたのか。
くそ!

***

背後から深いため息が聞こえた。
オレは…オレは…。
泰三さん、どんな気持ちで言ったんだろう。
ただオレとヤりたいだけなのかな。
恐る恐る後ろを振り返る。ゆっくりと…。
泰三さんは仰向けになって目を閉じている。

「泰三さん…オレ…」

そこまで言って言葉に詰まった。
自分でもどうしたら良いのか分からない。
泰三さんはゆっくりと目を開き、こちらを向いた。
その目にはさっきまでの鋭い眼光はなく
巨大な体躯が逆に情けなく見える程の悲しみに満ちていた。

「すまん…俺も、酔ってるみたいやし、気にせんといてくれ…」

そう言うと、オレの頭をまたクシャッと撫で、
今度は泰三さんがオレに背を向けた。
その後姿に胸が痛んだ。

***

(もう…ユキヒロとは会えんな。合わせる顔がない)

軽率だった。
自分勝手だった。
あの人に似てるから、それだけの事で
勝手に先走って傷口に塩塗って、えぐって
俺にはそんな事する権利なんてないのに。

(…やっぱりちゃんと謝らな)

もう一度ユキヒロの方に寝返りを打とうとしたその時…。

***

泰三さんの背中を見てものすごく胸が痛んだ。
頭の中はグチャグチャで全然考えがまとまらない。
気持ちに答える事で二人とも傷つくかもしれないけど
今はただ目の前の大きなはずの背中が
ションボリと小さく丸くなっている。
その様子が何より俺の胸を締め付けた。

(この人を悲しませたくない…)
006
いつしか頭の中はその気持ちで満たされた。
吸い寄せられるようにその背中に抱きついた。



「オレ…どうしたら良いか分かんないよ……
でも、泰三さんの寂しそうな背中、見てられないよ…」



自分の事なんてどうでもよかった。
後悔してもいい。ただただ目の前の寂しい巨人を放っておけなかった。
それだけの思いでオレは船を漕ぎ出した。続きを読む

005. 二つに分かれた自分

「お前…凄かったでw」
「は……?」
「まー強引に飲みに誘った俺が悪いんやけどな」
「えっ、オレ、何かしたんですか?」
「いや、ベロベロになってずっと泣いとっただけやで」
「え……」
「ほんで酒ひっくり返して潰れてもーたから、うちに連れて来たんやけど…」

と言うと泰三さんはしゃがんだ姿勢から胡坐をかき、
片肘をついてこっちを見つめた。
え……もしかして、康太の事言っちゃった?

「す、すいません……」
「ええよ、何か潰れそうやなって途中から分かっとったし、
無理やり飲みに連れて行った俺にも責任あるしな。
服は今洗濯しとるし、そんな状態で帰れんやろ。ホレ、横になれ」

泰三さんはオレの上半身を支えている腕が
うまく力を入れられずに震えているのを見て
まだ全然酒が抜けてないのを見抜いていたようだった。
そしてひざと肩の後ろを腕で持ち上げて
いわゆる「お姫様抱っこ」状態にされ、ベッドに改めて寝かされた。
確かにプロレスラーみたいな体型だけど
約80kgあるオレの体を軽々と持ち上げたのはやっぱり驚いた。
そして泰三さんはグシャグシャと俺の頭を撫でると
「ちょっと待っとけ」と言い残して部屋を出て行った。
それにしてもでっかいベッドだ。ダブルかな。
まあ持ち主がアレなら分かるような気がする。

「ホレ。飲め」

戻ってきた泰三さんがぽん、と投げて寄越したのは
スポーツドリンクのペットボトルだった。
オレはどうも、と言ってキャップをあけて二、三口飲んだ。

「水分しっかり取らんとなかなか酒は抜けんからな」
「すいません。ホントに…」
「謝らんでええって。なんだかんだ言って楽しかったしな。
ほな寝るか。ちょっと狭いけどごめんな」

そう言ってオレの隣に滑り込んできた。


005



(け…結構近いんですけど)

振られたその日だというのに
こんなガタイの男の人と一緒の布団で
しかも至近距離で寝るとなると
エロい事考えてしまう自分が顔を出そうとする。
心拍数が上がっていく。

(ダメだって!ノンケだったらどうするんだよ!)

自分の中の気持ちが2つに分かれていく。
本能に従う自分と、理性に従う自分。

(振られたその日に何考えてんだよオレは!くそ!)

焦って壁際に寝返りを打って
泰三さんとの距離をなるべく保とうとした。
そんなオレの葛藤をよそに泰三さんの深い息が聞こえる。
ノンケなんてそんなもんなんだよな。

(まだ、理性が勝ってる…けど、これじゃ寝れそうにないよ…。
くそ、そんなんならもっとイケてない顔と体しててくれよ…)
半泣きになってるオレの背中越しに泰三さんのつぶやく声が聞こえてきた。

「それにしても……ホンマに好きだったんやな、そいつの事。
よっぽどええ男だったんやろな」
「え……?」
「コウタ…って言うんやろ?そいつ」

オレは自分の耳を疑った。
まさか、ホントに康太の事言ってたなんて…。
気持ち悪いって思われてる?死ねばいいって思われてる?
からかわれたり、みんなに言いふらされたり
黙ってて欲しかったら、って脅されたりするのか…?
頭が真っ白になった。冷や汗が出てくる。血の気が引いていく。
心臓の音だけが加速していく。

「今日知り合ったばっかりやけど……」

遠くの方から泰三さんの低い声が聞こえた気がした。
ハッとして意識を背後に集中する。
ゆっくりと深呼吸をする音が聞こえた。

「オレじゃ……あかんかな?
…一回限りでもええから」

続きを読む

004. 凍りついた時間(後編)

すぐ近くにあった全国チェーンの居酒屋に入った。
個室が開いてるということだったので案内してもらった。

「生大1つ。自分は?」
「えーと…じゃあ酎ハイレモン」
「食いもんは適当に頼むで」
「ハイ」

数分後、酒とお通しが運ばれてきた。

「よし、乾杯!」
「乾杯…」
「あー、うまいな。……で、何があったんや?よかったら聞くで」
「え、イヤぁ……」
「……、まあ、話したくなったら話したらええわ。とりあえず飲むで」
「そうですね」
「一週間頑張ったんやし週末くらいは飲まんとな。
おっと、自己紹介がまだやったな、オレは橋口泰三いうんや。ヨロシクな」
「名取ユキヒロです。よろしく」
「ユキヒロか。ええ名前やな。まだ若いよな。二十歳くらいか?」
「やだなあ、もう24ですよ。橋口さんはお幾つですか?」
「泰三でええよ。もうちょっとで32やわ。早いなあw」
「じゃあ、泰三さんで」
「おう」

そうこう言ってる間にどんどん料理が運ばれてきて
テーブルの上は瞬く間に皿で埋め尽くされた。
(ちょっと頼みすぎたか…、まあユキヒロもよう食いそうやし、こんなもんか)
そんな事を考えながら他愛のない会話とともに酒を流し込む。
3杯目のビールを受け取りながら飲み食いしてるユキヒロの顔をちらりと見る。
(それにしても…そっくりすぎるな。苗字が違うから兄弟って事はなさそうやけど)

「……ん、何?」
「イヤ、うまそうに食っとるなと思ってな。ちょっと酔ってきたか?w」
「うん、久しぶりに飲むからねーw」
「そうなんや、普段は飲まへんのか?」
「うん、あんまり強くないから」
「そうか…ムリヤリ連れてきて悪かったな」
「いいよ、今日は…ちょっと飲みたい気分だった…から……」

瞬く間に顔色が曇っていき、肩が震え始めた。

「お、おい…大丈夫か?」
「……う、うう……」
「何か、辛い事があったんやな…」
「何で…自分勝手すぎるよ……」

そういうとユキヒロは2杯目の酎ハイを飲み干し
ちょうど通りがかった店員を呼びつけた。

「鏡月ロックで!」
「お、おい」
「いいんです!あんなやつ、もう…もう、どうでも……うううう」
(………こりゃ介抱せんとダメっぽいな)

運ばれてきた焼酎を泣きながら飲みながら
ユキヒロは今日の出来事を話し始めた。

「一緒に居るときにベタベタするのがいやだったって。
我慢してたけど疲れたから別れようって。
そんなそぶり全く見せなかったのに!
直して欲しいなら言って欲しかったのに!
コウタのヤツひどすぎる……」

(コウタ?男の名前やん…って事は…やっぱりこいつも……)

しかし…そこまで言うとユキヒロはテーブルに突っ伏してピクリともしなくなった。
すっかり潰れたようだ。
料理はすっかり冷め切っていたがなんだかんだで9割方片付いていた。
とりあえず勿体無いので残りをかき込んでいたとき

ガシャーン!
ユキヒロの方から大きい音がした。
「!?…おいおい」

飲みかけのグラスを持ったまま横になってしまったようで服が酒まみれだった。
取り皿も一緒にテーブルから落ちていた。
幸い割れては居らず、怪我もしてないようだったが、
服には料理のシミがついてしまっている。
店員に侘びをし、ユキヒロの上着を脱がして背負い、
レジで会計を済ませて家路についた。
公園に差し掛かったときに背中で眠っていたユキヒロが目を覚ました。

004


「あ……ごめん重いよね。歩ける…」
「大丈夫や。ダテに鍛えてへんわ」
「でも暑い。服脱ぎたい」
「はあ?」
「もういやだこんな服恥ずかしくて着てられない!脱ぐ!」
「アホか、ほんだらオレが恥ずかしいわ」
「シンゴー!シンゴー!うわーん!」
「誰やねん!」
「うう……」

そのまままた眠ってしまった。全く誰やねんシンゴって。
(ふう、着いた…とりあえず着替えさせて寝かしとこ)
箪笥からスエットを取りだして無理やり着せてベッドに寝かせた。

「うう……コウタぁ……」

(泣くほど好きやったんやな…)
あの人にそっくりな男が、他の男に振られて泣いている。
かなり複雑な心境だった。あれからもう何年も経つというのに。
せめてこいつの心の時間が再び動きだす手助けになれたら……。

続きを読む

003. 凍りついた時間(前編)

「まいどー」
「ご馳走さん!また来るわ」

仕事の帰り道、いつもの立ち飲み屋で一杯飲んだ。
明日は週末で仕事も休みだった。

(このまま帰って寝るんもなぁ…)

このところ週末は大体家で筋トレしたり
掃除と自炊と溜まった洗濯物の処理程度しかやってない。
当然時間は有り余るから、後はゴロゴロするか
たまにヤりたくなったらハッテン場*に行くくらいだが
最近はそれも面倒で性欲処理はもっぱら自家発電*だった。

(はぁ…どんだけダメ人間やねん俺。
景気付けにもう一件行きたいけど、一人で行くのもなんかなぁ)

そんな事をボンヤリと考えながら歩いていた時、
前から早足で歩いてきたやつが思いきりよそ見しながら突進してきた。

ドン!

思いっきりぶつかってそいつは尻餅をついた。
俺は倒れはしなかったが、
自分のプライベートの虚しさ加減に軽く凹んでたところに
ぶつかって来られたせいでイラッとしてしまい、つい怒鳴ってしまった。

「いっ……たいのぉ!この、ボケがぁ!!」

そう言ってぶつかってきたやつを見下ろした瞬間言葉を失った。

(龍次さん!?)

そいつの顔…特に目があの人にそっくりだった。
一瞬あの人が目の前にいるのかと錯覚するほどだった。
そいつは、泣いていた。

「オイ…大丈夫か?頭でも打ったか?」
「え…あ、すいません……」
「どっか痛むんか?立てるか?」

そいつの腕を取って立たせてやった。
首に掛けてた手拭いで顔をぬぐってやる。

「イテテテテテ!」
「我慢せぇ、こんな顔じゃせっかくの男前が台無しやろ」
「〜〜〜!」
「よし、これでええな」

頭をポンと軽くはたいてやる。
身長は俺より15センチほど低いか…?
まあ俺が194センチだから十分高いっちゃあ高いんだが。
そいつの顔を見ながら俺はある事を思いついた。
「どうもすいませんでした。じゃあこれで…」
立ち去ろうとするそいつの腕を掴んで言った。


003



「いい事思いついた。お前今から俺の飲みに付き合え」
「……は?」
「明日の予定は?」
「や、休みですけど……」
「OK決まり!ほな行くで!」

オレは強引にそいつを連れて居酒屋へ向かった。
あの人の目をしたこの男と、すぐに別れたくはなかった。続きを読む

002. 23:30

(頭イテェ・・・・・・)

頭がガンガンする。周りは真っ暗で何も見えない。
体は・・・動きそうだけど、動く気力がない。
目だけ開けて周りを探ると、デジタル時計が頼りなく光っているのが見えた。

「23:30」

(つーか、ここどこだ…?)
自宅にはHDDレコーダー以外にデジタル時計の表示をするものはないし
この時計の色はうちのと違う。それは理解できた。
とりあえず自宅以外のところに今俺が居るのは確かだ。
それに布団に寝かされている。着ている服は…スエットのようなものだった。
確か今日はパーカーにデニムだったから服が変わっているのも確かだ。

自分に何が起きたのか、全く思い出せない…。

そういえばさっきから水の流れる音がしている。
シャワー浴びてるみたいな…。


って、シャワー!?


え?え?なにここホテル?
俺なんか連れ込まれちゃったの!?
ヤバい事になったりしてない?
すっかりパニックになってるうちに水の音は止まってしまった。
ヤバい、逃げなきゃ。でも足腰が言う事を聞いてくれない。

(これって、薬漬け!?俺売られちゃうの!?)

怖くて怖くてどうにか逃げようと立ち上がろうとするけど
上体を起こすだけで息があがる体たらくだった。
そんな情けない格闘をしている間に

ガチャリ…

とゆっくりドアが開く音がした。
く、来る……。もう駄目だ……。
俺はどうする事も出来ないまま
ただゆっくりと開いていくドアを見つめる事しか出来なかった。

ドアの影から現れたのは男だった。
身長はたぶん190くらいあるだろう。
影の輪郭がプロレスラーのような体格を象っている。
威圧感のハンパない陰がゆっくりと音を立てないようにこちらに向かってくる。
体の震えが止まらない。涙が出てくる。まだ死にたくないのに!
恐怖に耐え切れず声を上げそうになった瞬間


「お?何や起きてたんか。暗かったから気付かんかったわ」


拍子抜けするほど軽い口調で話しかけられた。
この声は……!
あの大男!!

「あ、あ…あのここは……?」
「……?何や覚えてないんか?」

パチ。
うおっまぶしっ!

「何や、また泣いてたんか?」
「え、イヤ、あの…俺、俺、まだ死にたくないです!」
「……は?」
「なんでも言う事聞きますから!」
「……ふっ、はは、あははは、ギャハハハハハハ!!」
「…………?え、あのー…」

ひとしきり笑い終えた大男はしゃがみこんで
呆気に取られている俺の顔を覗き込みながらニヤニヤしている。

02


「ここ、俺んちやで。お前…すごかったでw」
「は……?」

俺は……一体何をしたんだ?続きを読む

001. ラストノート

「……もう、やり直せないの?」
「ゴメン…」
「もっと早く言って欲しかったよ…」
「……」
「……」
「ゴメンな…」
「……しょうがないよ。もうどうしようもない事だし」
「……うん」
「短い間だったけど、ありがとね。それじゃあ、元気でね」

言いたくもない別れの言葉をひねり出す。
声が震えそうになるのを必死で抑えながら。
それでも涙はあっという間に滲み出して
今にも零れ落ちそうになる。
オレは慌ててテーブルの上の伝票を掴むとレジへ向かった。

「おい、ここはオレが…」
「いいよ、最後くらいかっこつけさせてw」

早く会計を済まさなきゃ。
レジへ向かいながら背中で答えた。
かっこつけてはみたものの、涙声なのがバレバレだ。
ひょっとして、今俺すごく惨めなのかも…。

一瞬あいつのいつもつけてた香水が香った。
今となっては悲しい香りだった。

「880円になりま〜す」
「こ、これで…」
財布の中から1000円札を差し出した。
「1000円からでよろしかったでしょうか〜?」
「はい…」
「お客様、大丈夫ですかぁ?」
視界が滲んでよく見えないが、ノンケ的に「かわいい系」の女の子だろうか、
涙目になってる俺に気付いたらしい。
耳が熱くなっていく。

(恥ずかしい…)

「だ、大丈夫です。目にゴミが入ったんで。あ、あのお釣りは結構です」
「え、でも〜…」

とにかく一秒たりともそこに居たくはなかった。
店員の女の子の返事を待たずに店を後にした。
早く誰も居ない所に行きたい。涙はどんどん零れてくる。
ろくに前も見えないくせに気持ちばかり焦って早足になる。

(……えっ!?)

一瞬あいつの匂いがした気がした。
追いかけてきた!?
反射的に振り返ってしまった。
次の瞬間、

ドン!

と思いっきり目の前の壁にぶつかってしまい
俺は不恰好に尻餅をついてしまった。

「イタタタ……」
01


慌ててぶつかった方を見たら
壁だと思ってたのは人だった。しかも巨人だ。
たぶん2〜3人殺してるんじゃないかと思うくらいの
ドスの効いた声が頭上遥か彼方から降り注いできた。


「いっ……たいのぉ!この、ボケがぁ!!」


えーと…俺、殺されるかも…。続きを読む
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