泰三さんは抱きしめた腕を緩めてオレを見つめた。
初めての夜に見せた寂しそうな笑顔だった。
おまけに涙でグショグショになっている。

「……泰三さん、本当にゴメンね」
「もう、ええよ…約束して、くれたんやから」
「うん、ずっと一緒に居ようね」
「オウ。よし、もう泣くのやめにしよ」

泰三さんは頭に巻いていた手拭いをほどいてオレの顔を拭ってくれた。
そしてそのあと自分の顔も拭った。

「そういえば蜜子さんから聞いたけど…黒澤が逃げたって…」
「ああ…それやったら、大丈夫や…」
「どういう事?」
「ここでお前を待ってる時に警察から連絡があってな…
……あいつ、自殺したらしい」
「え……?」
「病院の屋上から飛び降りたんやて…」
「そう……」

なんか複雑な気持ちだった。
確かに俺達の命を狙っていた男だったが
そいつの死を望んでいたわけじゃない。

「まあ…人の死を喜ぶのは不謹慎やけど
安心くらいはしてもええんちゃうかな」

オレの気持ちを読んだかのように、泰三さんが呟いた。

「そう…だよね」

泰三さんはニコッと笑って頷いてくれた。

「そうだ…蜜子さんに報告しに行かなきゃ。
ファミレスで待ってるって言ってた」
「ああそうやな、あの人にはホンマに世話になったし、お礼も言わんと」

俺達は来た道を引き返してファミレスに入った。
蜜子さんは窓際の4人掛けのテーブルでコーヒーを飲んでいた。
目が合うとニヤッと笑って手招きした。

「だから言ったでしょ」
「え…?」
「報告聞くまでもないよ。目が全然違うw」
「さすがですね…」
「ホントにもう…名取君たら人騒がせなんだから」
「ホンマやで」
「……ごめんなさい」
「まあ、いいわ。こうしてちゃんとヨリが戻ったんだし。
で、ここからが本題なんだけど」

といいながら蜜子さんはカバンから封筒を取り出した。
そこからA4サイズの紙を取り出して俺達の前に一枚ずつ差し出した。

「え……?なんすかこれ」
「日本語読めないの?書いてあるでしょ。『雇用契約書』って」
「イヤ、それは分かるんですけどどういう事ですか?」
「うちのショップの隣、テナント募集してるじゃない?
あそこ借りてカフェやろうと思って」
「は、はあ……」
「名取君お菓子作り好きだって言ってたじゃない?
前からカフェをやりたくてさ、ちょうど隣が空いたから二人にどうかと思って。
おいしいケーキが売りのカフェですみたいな」
「でも…オレみたいな悪人面が居ったら客来んのとちゃいます?」
「アラ、あたしからしたら超イケメンだと思うけど。名取君には勿体無いくらいの」
「ちょっとーなんすかそれー」
「冗談よw まあ外見は大丈夫よ。安心して」
「でも…そのアイデアは悪くないかも。
泰三さん、大阪に居た頃にフレンチレストランで働いてて
料理もすごく上手だから、ケーキ以外のメニューも売りに出来ますし」
「えー、フレンチレストランで働いてたの?見えない!」
「……どうせ肉体労働者ヅラですよ」
「イヤイヤでもいいわそれ!おしゃれな料理とか出来ちゃう系?」
「まあ…少しなら」
「謙遜しちゃって。泰三さんの料理、マジ旨いんで」
「イヤ、それを言うならユキヒロのお菓子も旨いで。
そこらのケーキ屋になんか負けへんわ」
「じゃあ、決まりね。ここにサインして」
「でも、オレら二人厨房で、他のスタッフはどうするんですか?
お店の規模にもよりますけど厨房も二人で回りますかね?」
「大丈夫。小さなお店だからそんなにキャパはないから厨房は二人で十分よ。
ホールの方はアルバイトで十分まかなえるし」
「がんばって…みる?」
「……そうやな。イヤしかし…ホンマになんてお礼言ったらええか…
オレらの仲を取り持ってくれた上に仕事まで……」
「いいっていいって!あたしも世話好きだからさw
それにお店の事はあたしの希望にちょうど二人がピッタリだったんだし
別に恩を売るつもりで雇おうとは思ってないからね。
しっかり働いてもらいますからw」
「任しといてください!」
「オレもがんばります!」
「ウンウン、二人とも頼もしいねえ♪期待してるからね」

俺達は雇用契約書にサインした。
あんだけ苦労して全く見つからなかった仕事が
あっという間に決まってしまった。
しかも泰三さんと同じ職場。夢みたいだった。

そのあと蜜子さんにお礼を言って別れ
泰三さんの家に泊めてもらうことにした。

「なあ…今どこに住んでるん?」
「浅草の…オンボロアパートw」
「……あのな、オレ仕事クビになったやろ?
でも理由がゲイやからって、完全に不当解雇やんか。
ごねて復職してもよかったんやけど、どうせ針のムシロやから
工場長に掛け合って契約期間満了の3月末分までの給料を
退職金扱いで支給してもらったんよ」
「そうなんだ、新しい仕事も決まったし、結果オーライだね」
「ああ。それで結構額もあるし……
良かったら、二人で新しい部屋借りて、住まへんか?」
「え…?」
「お前と、ずっと一緒に居りたい」
「……ホントに?」
「ああ、ホンマや」
「夢じゃないよね!?」
「夢ちゃうってw ホラ」

そういうとほっぺにキスしてくれた。
一瞬の事だったけど、頬に残る温もりが夢じゃないと教えてくれた。
嬉しくて涙が溢れ出した。

「…泰三さぁん……」
「アホ、泣くやつがあるか」
「だって嬉しいんだもん」

泰三さんが大きな手で涙を拭ってくれた。

「新しい部屋、どんなんがええかな」
「おしゃれな部屋がいいねえ」
「それはユキヒロが散らかすからムリやなw
なんせあの龍次さんの甥っ子やからなあw」
「が…がんばるもん!」
「ホンマかあ?w とりあえず明日から不動産屋巡りやな」
「そうだね」
「楽しみやな」
「…オレ、泰三さんに出会えて本当に良かったよ」
「オレもやで。もう、お前が居らんとダメやわ」
「ゴメンね、勝手に居なくなって」
「ええよ、もう。約束してくれたんやし」
「うん。泰三さん、愛してるよ」
「オレも大好きやで。ユキヒロ」

そういうとオレの手を握ってきた。オレもそのごつい手を握り返した。
温かい。手を繋いでるだけで幸せな気持ちになれる。
きっと泰三さんもそうだろう…。
この先何年一緒に居れるか分からないけど
オレは最後まで泰三さんを愛し続けよう。
このぬくもりを、絶対に離さないように…。
星空の下でオレは心に誓った。

 おわり