「ゴメンね、うちで今雇ってる人だけでいっぱいなのよ」
「そうですか…」

これで5件目だ。
泰三さんがオレのせいで工場をクビになってから
オレはすぐに荷物をまとめ、浅草のボロアパートに引っ越した。
泰三さんと付き合ってオレはいろんな幸せを味わったけど
逆に泰三さんは狙われずに済んだ命を狙われ、
挙句の果てにはゲイだからという理由で職まで失った。
思えば最初の出会いもオレの不注意だった。
オレがしっかりしてれば泰三さんに迷惑を掛けなくて済んだのに…。
そう思ったら泰三さんにこれ以上関わってはいけない気がした。
お店もばれてるから会いに来られたらいけないと思い、
職場に電話してその日のうちにやめたいと伝えた。
蜜子さんは引き止めてくれたけど、
とりあえず有給消化で月末の退職という事で話をつけた。
あとは新しい職場を探すだけだったが…
なかなか思うように見つからなかった。

あれから2週間が過ぎた。9月に入ってオレは晴れて無職になった。
泰三さんは今頃何をしてるだろう…
メールも電話も、いまだに1日何十件も着信がある。
留守電も何度も吹き込んでくれていた。
でもオレはメールも、留守電も、内容を確認しないまま消去していった。
見てしまうと会いたくなると思った。

(ごめんなさい…)

心の中で呟いて、また消去ボタンを押した。
泰三さん…元気にしてるんだろうか。

今日も仕事にありつけなかった。
食費を抑えるためにスーパーでもやしを二袋買ってきた。
お皿に盛り付けてマーガリンを載せてレンジで加熱する。
塩胡椒して掻き混ぜる。

「……」

おなかが減っているのに食べたいという気持ちにならない。
もやしを箸でこねくり回しているうちにどんどん水分が出て来て、
皿の中ではしおれたもやしが濁った水に浸っていった。
ぬるくなったもやしを口に運ぶ。

「…不味い……」

その時、ケータイが震えた。
サブディスプレイには『泰三さん』の文字。
泰三さんの料理…美味かったな。

「こんな時に…電話なんかかけてこないでよ…」

涙が一筋、頬を伝った。
オレは泣きながらもやしを食べた。

その夜、10時過ぎにケータイが鳴った。
サブディスプレイには見たことのない番号。
ワン切りかと思って放っておいたが、
電話は震え続けた。

(誰だろう…)

いぶかしみながらも電話に出てみることにした。

「もしもし…?」
「名取君!?あなた今どこにいるのよ!」
「え?えーと…あ、なんで?」

電話の主は蜜子さんだった。
ケータイの番号は教えてなかったのに?

「彼氏が店に来たのよ、名取君の事探して!何やってんの!?」
「…オレは、泰三さんと一緒に居ちゃいけないんです…」
「は?」
「オレが泰三さんを不幸にしたんです…だから…」
「はぁ!?バカじゃないの!?
名取君が居なくなってからの彼のほうがよっぽど不幸に見えたわよ!」
「……そんな…」
「いくら電話しても出ないし、メールも返事がないって!
ひょっとしたら事故に巻込まれたんじゃないかって心配してたのよ!
なんでそんなバカな事を!とりあえず出て来なさい。
まだ彼に会いたくないなら、せめてあたしにだけ元気な姿見せてよ…」

結局蜜子さんの強引な説得に負け、オレは待ち合わせに応じた。

「浅草ねえ…まだ東京に居たとは思わなかったわ」
「ハイ……」
「やつれたわね」
「そうですか…?」
「目が死んでる」
「……」
「そんな好きなのになんで離れるの」
「だからそれは…」
「勝手な思い込みと勘違いでしょ」
「そんな…」
「あなたたち二人とも離れてから不幸になったようにしか見えないわよ」
「……でも…」
「一緒に服買いに来た時の顔とは別人ね…。
とにかくあたしに言わせれば、名取君の選択は大いに間違ってる」
「………………」
「ところで、彼が『黒澤が逃げた』って言ってたけど
何のことか分かる?」
「え……?」
「取り乱してつい口を滑らしたみたいで、すぐに誤魔化してたけど…
ちょっと気になったから」
「イヤ……知らない、です」

背筋にじっとりと汗が滲むのを感じた。
黒澤が逃げた…?
そんな…!

「とにかく彼とヨリを戻しなさい」
「え…えーと…考えときます…」
「そこは『ハイ』でしょ!やつれるほど好きなくせにバカじゃないの?」
「……ハイ」
「じゃあ決まり。行くよ」

蜜子さんはオレの腕を引っ張りぐんぐん歩き出した。

「ちょ、行くってどこへ?」
「いいから」

そういって客待ちをしているタクシーに詰め込まれた。
蜜子さんは行き先を告げるとなにやらケータイをいじり始めた。
車は中野区の方へと走っていく。やっぱり会わせる気か…。
どんな顔をして会えばいいんだ…。何を話せば…?
そんな事を考えているうちにあっという間に目的地に着いてしまった。
そこは広い公園だった。

「ハイここから先は名取君一人でね」
「え、蜜子さんは…?」
「これ以上名取君の尻拭いは出来ません。
そこのファミレスに居るから終わったら報告しに来るのよ。
名取君にはその義務があるんだから。
それにあたしからも話があるし」
「うぐ…ハ、ハイ…」

9月に入ったばかりの公園はまだ蒸し暑い。
広い公園なのに人は居らず、不気味なくらい静まり返っていた。
泰三さん…どこに居るんだろ…。
そう思いながら道なりに歩いていると、歩道の先に東屋があった。
そこのベンチに…泰三さんが居た。
泰三さんはオレの姿に気付くと無言でこっちに歩いてきた。
約半月ぶりに会った泰三さんは少しやつれて、すごく怖い目をしていた。
こんな目で見られた事なんかなかった。

「……キライになった…?オレの事…」
「…アホ!」

バシッ!!

頬っぺたを思い切りひっぱたかれた。
次の瞬間懐かしい温かさに包まれた。

「泰三さん…」
「お前まで…オレを置いて行ったと思ったやないか!
この…ドアホ!!」
「ごめんなさい…ごめんなさい……」

泰三さんの声は涙で震えていた。
肋骨が軋む位強く抱きしめられた。

「もう…どこにも行かんといてくれ…
ずっと一緒に居ってくれ…」
「……うん……」
「約束、したからな…あ、う…うぅ…ううぅ…」

泰三さんの口から嗚咽が漏れる。
オレも今まで堪えていた気持ちが堰を切ったように流れ出した。
蜜子さんが言った通りだった。
泰三さんと離れる事が泰三さんにとって幸せだなんて大間違いだった。
もう、絶対に離れない、オレは心に誓った。