駅からマンションまではなるべく広い通りを選ぼうと電車の中で言った。
本当は何も言わずに適当に理由をつけていつもと違う道を選びたかったが
うまい理由が思い浮かばなかった。
ユキヒロはそれでも笑顔で「ありがと」と言ってくれた。

しかし、ユキヒロの家の周りは結構静かな住宅街だから
大通りからすぐにマンションの入口というわけには行かない。
たぶん黒澤も警察に通報されてないなどとは思わないだろう。
自分に捜査の手が伸びる前に行動に移すはずだ。
とにかく何があってもユキヒロを守る。

そしてユキヒロの家が近くなってきた。
まだ9時過ぎだから電気が点いている家がほとんどだが
道を歩く人通りは随分と少なくなっていた。
街灯が切れかけた交差点が近づくと
ユキヒロは少し不安になってきたようで
オレのシャツを掴んでキョロキョロと周りを見渡している。
空には頼りなく輝く星がまばらに瞬いていた。

「大丈夫やから。な」

右手に持っていた紙袋を左手に持ち替え、
肩を抱いてやろうとした時、
奇声とともに何者かが路地から飛び出してきた。
次の瞬間ギラリとした光が目に映った。

「…!!」

とっさに右手でユキヒロを突き飛ばす。
そのまま右足を軸に左足で「その方向」に蹴りを入れた。

ガッ!

衝撃が軽い。狙いが外れた。
あるいは相手が避けたのか…。
消えていた街頭が点滅した。
その光が照らし出したのは…

「黒澤……っ!!」

あの時と同じ、忌々しい笑みを浮かべていた。
高く掲げた右手にはナイフがしっかりと握られていた。
龍次さんを殺した男が、今目の前に居る…。
オレは体の中で暴れまわる恐怖を感じたが
それと同時に龍次さんを奪われた悔しさが燃え上がり
武者震いが止まらなかった。

(ユキヒロには指一本触れさせん…!!)

次の瞬間、黒澤の腕が振り下ろされた。
空を切る音がした。
反射的にその腕をかわす。そしてもう一度相手に蹴りを入れる。

ドカッ!!

今度は確実にヒットした。
黒澤は呻きながら飛びずさった。
オレもユキヒロのいる方に後ずさりし、
黒澤との距離を開ける。
奴を睨んだままユキヒロに囁く。

「立てるか?今すぐ逃げろ」
「で…でも…」
「うひひひい…久しぶりだなあ」
「黒澤…何でユキヒロを狙う?」
「あははぁぁ……お前、知らないのかあぁ?」
「…何や?」
「おまえはぁ、恋人の事を、なぁーんにもぉ、知らないんだなあぁぁw」
「…………どういう事や」
「龍次もぉ……ユキヒロもぉ……本気で愛して、ないんだなあぁぁw」
「……龍次さんと…ユキヒロ……?どうい…まさか!?」
「…泰三さん……?」

黒澤は嬉しそうにニヤニヤしながら
ゆっくりとナイフでユキヒロのほうを指した。

「お前は……川口龍次の……甥だよw」
「………龍次さんが…オレの……?」
「泰三も鈍いよなぁあぁwこぉおんなにそっくりなのになあぁww」
「そ…それがユキヒロを狙う理由やと!?どういう理屈…」
「あいつの血縁はみんな死ななきゃイヤなのー!!」

まるで子供が駄々を捏ねるような口ぶりだ。
ふざけているように笑う。

「龍次は両親も、姉も…とっくに死んでたが…刑務所の中で聞いたんだよ
あいつにまだ…血のつながった甥が居るって…
両親を事故で亡くして、親戚に引き取られたってなぁあぁw」
「だからってこいつは関係ないやろが!」
「そうだなぁ…お前がユキヒロと付き合ってなければなあぁw」
「!?」
「どんな奴かと思って…情報をかき集めて…東京にやってきてみりゃあぁ
あいつが愛したお前が…あいつにそっくりの甥と愛し合ってる…
その時…龍次が生き返ったんだよ…オレの中でなぁああぁ
殺さなきゃなあぁ、オレの気が済まねーんだよぉw」

ユキヒロは完全に言葉を失ってしまっていた。
自分の愛した人の過去の恋人が自分の叔父であったというショック
そして自分の命が危険にさらされているという恐怖…
こんな奴に…こんな理由でユキヒロの命を奪わせるわけには…いかない。

「お前に…ユキヒロは…殺させへんぞ!」
「あははぁぁwジャマするなら…お前も殺しちゃおっかなぁああぁw
またケツ掘るくらいで許してやろうと思ったのになあぁああw」
「ふざけんなよ…!クソが!!」

オレは頭に血が上り、次の瞬間黒澤に襲い掛かっていった。