「動くな!!」

その声に目をやると、警察官が銃をこちらに向けていた。

「うひひい、殺せよw」
「来い!」
「あははははははは!!殺せ!殺せよ!!!」

男はもはや正常ではなかった。
笑いながら手足をばたつかせ、
警官に連行されていった。

「大丈夫か?」
「オレはいいから、龍次さんを早く!」
「大丈夫や、救急車がもうすぐ来る」

***

「龍次さん…龍次さん…」

オレは集中治療室のベッドに寝かされている
龍次さんの手を握り、名前を呼び続けた。
涙が次から次に流れ出して止まらなかった。
病室には心電図の音だけが響いていた。
かなりの量の出血があったらしく危険な状態だと聞かされた。
まるで世界の終わりを告げられたような気持ちだった。
「今夜が山だ」という医者の言葉が呪いの呪文のように聞こえた。
部屋の中は時間が止まっているようだった。

「橋口君…君も今日は休んだ方が…」
「イヤです…ずっとここに居らしてください」
「でも、君も…その、身体的にも…ダメージがあるし…」
「オレは大丈夫です…オレのせいで、龍次さんが…こんな目に…」
「……アホやな……」
「龍次さん!?」
「川口!大丈夫か!?」

龍次さんが薄く目を開けた。
こちらを見る。
急に心電図の音が乱れ出した。

「泰三…おお、和泉も…居ってくれたんか…」
「龍次さん!」
「川口!ムリするな!今先生呼んで来るからな!」

和泉さんは集中治療室から駆け出していった。
龍次さんは酸素マスクをはがすと、オレの頬を撫でた。

「…イヤ、オレはもう、あかん…みたいや
いいか…、オレとの事は早う思い…出に、して
ち…違うやつ、と…幸せに、なるんやで…
オレのせいで……ゴメンな…」
「イヤや!龍次さん、ずっと一緒やって、何度も何度も言ったやないか!!」
「……おう、死んでも…お前、の…ここに、ずっと…居らして…な」

そう言って震える手をオレの左胸に当てた。

「龍次さん…イヤや…まだ一杯、したい事あったのに…」
「…オレ、も…やで…でも……もう…
ええか、これだけ…は…忘れるな…
お前のせいやない…ええな…」
「……うん……」
「よし…ご褒美…家に…あるから
オレの……引き、出し……あかん…
最後に…キス、しよ……」

オレの首に手を回し、引き寄せようとする。
その力は消えそうな蝋燭の様に弱々しかった。

「龍次さん!」
「ホラ…早よう…」

最後のキスだった。

オレはそのまま警察病院に入院する事になった。
事情聴取にはある程度事情を知っている和泉さんが来てくれたおかげで
デリカシーのない質問を何度もされる事はなかった。
オレは辛さから逃れるように無感情になっていた。
何も考えたくなかった。

1週間後、腕の傷が大分落ち着いてきたので外出の許可が出た。
桜が咲き始めていた。今年は京都に花見に行こうって約束してたのに…。
胸の代わりに左腕の傷が少しズキズキした。
オレは家に帰り、龍次さんが言っていた「ご褒美」を探した。
机の引き出しを開けると、包装紙に包まれた箱が現れた。

『泰三へ。二十歳の誕生日おめでとう。大好きやで。龍次』

汚い文字で綴られたカードが添えられていた。
包装紙を破らないようにそっと開ける。
中から出てきたのは財布だった。
オレがいつか欲しいと言っていたものだった。

「こんなもん…こんなもん要らん!龍次さんを返せよ!!」

龍次さんの使ってた服、箸、茶碗、ペン、メモ、ケータイ、歯ブラシ、カバン、靴…
何もかもここにはあるのに、龍次さんはもう居ない。
二度と帰ってこない。どんなに手を伸ばしても、この手はもう届かない…。
主を失ったこの家の空気は重く、冷たく、オレの背中に圧し掛かってくる。
封じ込めていた感情が溢れ出し、オレは大声で泣いた。


黒澤は覚せい剤取締法違反と殺人容疑で起訴された。
動機は龍次さんへの復讐だった。
出所してから色々と龍次さんについて調べまわっていたらしい。
オレを襲ったのは龍次さんの大事なものを壊したかったからだと聞いた。
判決は実刑で懲役12年。はっきり言って不満だった。
しかし判決は変えられなかった。

オレは仕事をやめ、和泉さんに家の権利を譲り、逃げるように東京に来た。
自分の不甲斐なさで大事な人を亡くした後悔を
もう二度としたくないという思いで必死に体を鍛えた。
左腕の傷は治っても綺麗に消えなかった。その傷を見るたびに胸が痛んだ。
知り合いの彫り師に頼んで誤魔化すようにタトゥーを入れた。
龍次さんにどこか似ている人とはセックスしたいとさえ思わなかった。
あんなに気持ちよかったはずのウケがまったく出来なくなった。

あの事件から逃げようと、全部捨ててきたけど
この財布と龍次さんの写真だけは捨てられなかった。

***

「でも、あの日お前と出合った時にな…
オレの中でなんかが壊れたんよな。
確かに最初は、見た目やったけど…
お前の優しさと、可愛さにな、惚れてもーた」
「………」
「ま、12年前の話やからな。気にすんなよ」
「泰三さん…オレ…なんて、言ったらいいか……」
「だーから、昔話なんやて!w
まあこの財布と、写真は、そのー…形見と遺影みたいなもんやわ。
龍次さんもきっと、今のオレら見て安心してるんちゃうかな」
「……そう、かな…」
「そうやって。オレが龍次さんの立場でも同じ事考えるで。
これから死ぬ自分の事はひとしきり悲しんでくれたらそれでええ。
立ち直って幸せになって、時々でも思い出してくれたら…ってな」
「そんな!イヤだよ泰三さん死んじゃうのなんて!」
「ハハハ、例え話やって。オレは…そりゃいつかは死ぬかも知らんけど
そんな簡単に死んだりせーへんよ。伊達に鍛えてないからな」
「うん……」
「それに…ウケはまだちょっと怖いけど、お前やったら……ええで」
「エロオヤジw」
「お、懐かしいなwお前もこうなるんやでw」
「ならへん。絶対ならへんw」
「うわwユキヒロの関西弁変なの!超違和感だよwww」
「泰三さんの標準語、キモいwwwww」
「なんやて!この!」
「ひゃはははは!!やめて!わき腹だけは!!」

ドサッ。

「……好きやで」
「うん、オレも……」
「ねえ、もうすぐお盆休みだからさ…旅行しようよ」
「ええな。どこいこか」
「大阪」
「絶対決めてたやろ」
「えへ、バレた?」
「そやな、今年も龍次さんに挨拶に行くか。
…ようやく安心させてやれるかな」
「楽しみだね」
「ああ」
(´・ω・`)★☆(´・ω・`)★☆かいせつ★☆(´・ω・`)★☆(´・ω・`)

なんで龍次さん、すぐ死んでしまうん?(節子)
というわけで龍次さん、死んじゃいました。
悲しい感じの話になったかしらん。

病院の事とかよく分からないんですが
集中治療室に入ってもいいんでしょうかね?(;´ω`)
ちなみに医者の「今夜が山だ」というセリフは
ガキの使いに出てくる「今夜が山田」さんにちなんで。
こんなところでギャグかますなよオレw

というわけで「龍次×泰三編」は終了です。
次回から「大阪編」に移ります。