神様の精液

人外×オッサンのエロ小説。 「Starry Sky」もあるよ。

July 2009

035. 新しい場所で

泰三さんは抱きしめた腕を緩めてオレを見つめた。
初めての夜に見せた寂しそうな笑顔だった。
おまけに涙でグショグショになっている。

「……泰三さん、本当にゴメンね」
「もう、ええよ…約束して、くれたんやから」
「うん、ずっと一緒に居ようね」
「オウ。よし、もう泣くのやめにしよ」

泰三さんは頭に巻いていた手拭いをほどいてオレの顔を拭ってくれた。
そしてそのあと自分の顔も拭った。

「そういえば蜜子さんから聞いたけど…黒澤が逃げたって…」
「ああ…それやったら、大丈夫や…」
「どういう事?」
「ここでお前を待ってる時に警察から連絡があってな…
……あいつ、自殺したらしい」
「え……?」
「病院の屋上から飛び降りたんやて…」
「そう……」

なんか複雑な気持ちだった。
確かに俺達の命を狙っていた男だったが
そいつの死を望んでいたわけじゃない。

「まあ…人の死を喜ぶのは不謹慎やけど
安心くらいはしてもええんちゃうかな」

オレの気持ちを読んだかのように、泰三さんが呟いた。

「そう…だよね」

泰三さんはニコッと笑って頷いてくれた。

「そうだ…蜜子さんに報告しに行かなきゃ。
ファミレスで待ってるって言ってた」
「ああそうやな、あの人にはホンマに世話になったし、お礼も言わんと」

俺達は来た道を引き返してファミレスに入った。
蜜子さんは窓際の4人掛けのテーブルでコーヒーを飲んでいた。
目が合うとニヤッと笑って手招きした。

「だから言ったでしょ」
「え…?」
「報告聞くまでもないよ。目が全然違うw」
「さすがですね…」
「ホントにもう…名取君たら人騒がせなんだから」
「ホンマやで」
「……ごめんなさい」
「まあ、いいわ。こうしてちゃんとヨリが戻ったんだし。
で、ここからが本題なんだけど」

といいながら蜜子さんはカバンから封筒を取り出した。
そこからA4サイズの紙を取り出して俺達の前に一枚ずつ差し出した。

「え……?なんすかこれ」
「日本語読めないの?書いてあるでしょ。『雇用契約書』って」
「イヤ、それは分かるんですけどどういう事ですか?」
「うちのショップの隣、テナント募集してるじゃない?
あそこ借りてカフェやろうと思って」
「は、はあ……」
「名取君お菓子作り好きだって言ってたじゃない?
前からカフェをやりたくてさ、ちょうど隣が空いたから二人にどうかと思って。
おいしいケーキが売りのカフェですみたいな」
「でも…オレみたいな悪人面が居ったら客来んのとちゃいます?」
「アラ、あたしからしたら超イケメンだと思うけど。名取君には勿体無いくらいの」
「ちょっとーなんすかそれー」
「冗談よw まあ外見は大丈夫よ。安心して」
「でも…そのアイデアは悪くないかも。
泰三さん、大阪に居た頃にフレンチレストランで働いてて
料理もすごく上手だから、ケーキ以外のメニューも売りに出来ますし」
「えー、フレンチレストランで働いてたの?見えない!」
「……どうせ肉体労働者ヅラですよ」
「イヤイヤでもいいわそれ!おしゃれな料理とか出来ちゃう系?」
「まあ…少しなら」
「謙遜しちゃって。泰三さんの料理、マジ旨いんで」
「イヤ、それを言うならユキヒロのお菓子も旨いで。
そこらのケーキ屋になんか負けへんわ」
「じゃあ、決まりね。ここにサインして」
「でも、オレら二人厨房で、他のスタッフはどうするんですか?
お店の規模にもよりますけど厨房も二人で回りますかね?」
「大丈夫。小さなお店だからそんなにキャパはないから厨房は二人で十分よ。
ホールの方はアルバイトで十分まかなえるし」
「がんばって…みる?」
「……そうやな。イヤしかし…ホンマになんてお礼言ったらええか…
オレらの仲を取り持ってくれた上に仕事まで……」
「いいっていいって!あたしも世話好きだからさw
それにお店の事はあたしの希望にちょうど二人がピッタリだったんだし
別に恩を売るつもりで雇おうとは思ってないからね。
しっかり働いてもらいますからw」
「任しといてください!」
「オレもがんばります!」
「ウンウン、二人とも頼もしいねえ♪期待してるからね」

俺達は雇用契約書にサインした。
あんだけ苦労して全く見つからなかった仕事が
あっという間に決まってしまった。
しかも泰三さんと同じ職場。夢みたいだった。

そのあと蜜子さんにお礼を言って別れ
泰三さんの家に泊めてもらうことにした。

「なあ…今どこに住んでるん?」
「浅草の…オンボロアパートw」
「……あのな、オレ仕事クビになったやろ?
でも理由がゲイやからって、完全に不当解雇やんか。
ごねて復職してもよかったんやけど、どうせ針のムシロやから
工場長に掛け合って契約期間満了の3月末分までの給料を
退職金扱いで支給してもらったんよ」
「そうなんだ、新しい仕事も決まったし、結果オーライだね」
「ああ。それで結構額もあるし……
良かったら、二人で新しい部屋借りて、住まへんか?」
「え…?」
「お前と、ずっと一緒に居りたい」
「……ホントに?」
「ああ、ホンマや」
「夢じゃないよね!?」
「夢ちゃうってw ホラ」

そういうとほっぺにキスしてくれた。
一瞬の事だったけど、頬に残る温もりが夢じゃないと教えてくれた。
嬉しくて涙が溢れ出した。

「…泰三さぁん……」
「アホ、泣くやつがあるか」
「だって嬉しいんだもん」

泰三さんが大きな手で涙を拭ってくれた。

「新しい部屋、どんなんがええかな」
「おしゃれな部屋がいいねえ」
「それはユキヒロが散らかすからムリやなw
なんせあの龍次さんの甥っ子やからなあw」
「が…がんばるもん!」
「ホンマかあ?w とりあえず明日から不動産屋巡りやな」
「そうだね」
「楽しみやな」
「…オレ、泰三さんに出会えて本当に良かったよ」
「オレもやで。もう、お前が居らんとダメやわ」
「ゴメンね、勝手に居なくなって」
「ええよ、もう。約束してくれたんやし」
「うん。泰三さん、愛してるよ」
「オレも大好きやで。ユキヒロ」

そういうとオレの手を握ってきた。オレもそのごつい手を握り返した。
温かい。手を繋いでるだけで幸せな気持ちになれる。
きっと泰三さんもそうだろう…。
この先何年一緒に居れるか分からないけど
オレは最後まで泰三さんを愛し続けよう。
このぬくもりを、絶対に離さないように…。
星空の下でオレは心に誓った。

 おわり

034. 大キライって言わないで

「ゴメンね、うちで今雇ってる人だけでいっぱいなのよ」
「そうですか…」

これで5件目だ。
泰三さんがオレのせいで工場をクビになってから
オレはすぐに荷物をまとめ、浅草のボロアパートに引っ越した。
泰三さんと付き合ってオレはいろんな幸せを味わったけど
逆に泰三さんは狙われずに済んだ命を狙われ、
挙句の果てにはゲイだからという理由で職まで失った。
思えば最初の出会いもオレの不注意だった。
オレがしっかりしてれば泰三さんに迷惑を掛けなくて済んだのに…。
そう思ったら泰三さんにこれ以上関わってはいけない気がした。
お店もばれてるから会いに来られたらいけないと思い、
職場に電話してその日のうちにやめたいと伝えた。
蜜子さんは引き止めてくれたけど、
とりあえず有給消化で月末の退職という事で話をつけた。
あとは新しい職場を探すだけだったが…
なかなか思うように見つからなかった。

あれから2週間が過ぎた。9月に入ってオレは晴れて無職になった。
泰三さんは今頃何をしてるだろう…
メールも電話も、いまだに1日何十件も着信がある。
留守電も何度も吹き込んでくれていた。
でもオレはメールも、留守電も、内容を確認しないまま消去していった。
見てしまうと会いたくなると思った。

(ごめんなさい…)

心の中で呟いて、また消去ボタンを押した。
泰三さん…元気にしてるんだろうか。

今日も仕事にありつけなかった。
食費を抑えるためにスーパーでもやしを二袋買ってきた。
お皿に盛り付けてマーガリンを載せてレンジで加熱する。
塩胡椒して掻き混ぜる。

「……」

おなかが減っているのに食べたいという気持ちにならない。
もやしを箸でこねくり回しているうちにどんどん水分が出て来て、
皿の中ではしおれたもやしが濁った水に浸っていった。
ぬるくなったもやしを口に運ぶ。

「…不味い……」

その時、ケータイが震えた。
サブディスプレイには『泰三さん』の文字。
泰三さんの料理…美味かったな。

「こんな時に…電話なんかかけてこないでよ…」

涙が一筋、頬を伝った。
オレは泣きながらもやしを食べた。

その夜、10時過ぎにケータイが鳴った。
サブディスプレイには見たことのない番号。
ワン切りかと思って放っておいたが、
電話は震え続けた。

(誰だろう…)

いぶかしみながらも電話に出てみることにした。

「もしもし…?」
「名取君!?あなた今どこにいるのよ!」
「え?えーと…あ、なんで?」

電話の主は蜜子さんだった。
ケータイの番号は教えてなかったのに?

「彼氏が店に来たのよ、名取君の事探して!何やってんの!?」
「…オレは、泰三さんと一緒に居ちゃいけないんです…」
「は?」
「オレが泰三さんを不幸にしたんです…だから…」
「はぁ!?バカじゃないの!?
名取君が居なくなってからの彼のほうがよっぽど不幸に見えたわよ!」
「……そんな…」
「いくら電話しても出ないし、メールも返事がないって!
ひょっとしたら事故に巻込まれたんじゃないかって心配してたのよ!
なんでそんなバカな事を!とりあえず出て来なさい。
まだ彼に会いたくないなら、せめてあたしにだけ元気な姿見せてよ…」

結局蜜子さんの強引な説得に負け、オレは待ち合わせに応じた。

「浅草ねえ…まだ東京に居たとは思わなかったわ」
「ハイ……」
「やつれたわね」
「そうですか…?」
「目が死んでる」
「……」
「そんな好きなのになんで離れるの」
「だからそれは…」
「勝手な思い込みと勘違いでしょ」
「そんな…」
「あなたたち二人とも離れてから不幸になったようにしか見えないわよ」
「……でも…」
「一緒に服買いに来た時の顔とは別人ね…。
とにかくあたしに言わせれば、名取君の選択は大いに間違ってる」
「………………」
「ところで、彼が『黒澤が逃げた』って言ってたけど
何のことか分かる?」
「え……?」
「取り乱してつい口を滑らしたみたいで、すぐに誤魔化してたけど…
ちょっと気になったから」
「イヤ……知らない、です」

背筋にじっとりと汗が滲むのを感じた。
黒澤が逃げた…?
そんな…!

「とにかく彼とヨリを戻しなさい」
「え…えーと…考えときます…」
「そこは『ハイ』でしょ!やつれるほど好きなくせにバカじゃないの?」
「……ハイ」
「じゃあ決まり。行くよ」

蜜子さんはオレの腕を引っ張りぐんぐん歩き出した。

「ちょ、行くってどこへ?」
「いいから」

そういって客待ちをしているタクシーに詰め込まれた。
蜜子さんは行き先を告げるとなにやらケータイをいじり始めた。
車は中野区の方へと走っていく。やっぱり会わせる気か…。
どんな顔をして会えばいいんだ…。何を話せば…?
そんな事を考えているうちにあっという間に目的地に着いてしまった。
そこは広い公園だった。

「ハイここから先は名取君一人でね」
「え、蜜子さんは…?」
「これ以上名取君の尻拭いは出来ません。
そこのファミレスに居るから終わったら報告しに来るのよ。
名取君にはその義務があるんだから。
それにあたしからも話があるし」
「うぐ…ハ、ハイ…」

9月に入ったばかりの公園はまだ蒸し暑い。
広い公園なのに人は居らず、不気味なくらい静まり返っていた。
泰三さん…どこに居るんだろ…。
そう思いながら道なりに歩いていると、歩道の先に東屋があった。
そこのベンチに…泰三さんが居た。
泰三さんはオレの姿に気付くと無言でこっちに歩いてきた。
約半月ぶりに会った泰三さんは少しやつれて、すごく怖い目をしていた。
こんな目で見られた事なんかなかった。

「……キライになった…?オレの事…」
「…アホ!」

バシッ!!

頬っぺたを思い切りひっぱたかれた。
次の瞬間懐かしい温かさに包まれた。

「泰三さん…」
「お前まで…オレを置いて行ったと思ったやないか!
この…ドアホ!!」
「ごめんなさい…ごめんなさい……」

泰三さんの声は涙で震えていた。
肋骨が軋む位強く抱きしめられた。

「もう…どこにも行かんといてくれ…
ずっと一緒に居ってくれ…」
「……うん……」
「約束、したからな…あ、う…うぅ…ううぅ…」

泰三さんの口から嗚咽が漏れる。
オレも今まで堪えていた気持ちが堰を切ったように流れ出した。
蜜子さんが言った通りだった。
泰三さんと離れる事が泰三さんにとって幸せだなんて大間違いだった。
もう、絶対に離れない、オレは心に誓った。

033. 時計の針は進む

取調べは遅々として進まないのに、時計の針はどんどん進んでいく。

「…ちょっと連れに電話したいんですけど、いいですか」
「スイマセンね、一応事情聴取中はご遠慮願えますか」
「浪速警察署への照会はまだ終わらないんでしょうか…
心配させてるんで、少しだけでも連絡してやりたいんですが…」
「なんせ12年前の事件ですんでねえ、
データベースにない可能性もありますので」
「昨日スタンガンの件で電話があった時にも
12年前の事件の犯人があやしいって言って
浪速警察署の事も言っておいたと思いますけど…」
「そうだったんですか…部署が違うのでなんとも…」

だんだんイライラしてきた。
国家権力かなんか知らないけど本気で捜査する気があるのか?
だが今は待つしか出来ない。
時間はもう3時半を回っていた。

(ユキヒロ…心配してるやろな……
明日仕事やって言ってたし、寝ててくれたら良いけど…)

その時部屋のドアが開き、別の警官が入ってきた。
なにやら印刷された紙を数枚持っている。
担当の警官にそれを渡すと軽く会釈して部屋を出て行った。

「なるほど…確かに今日の男が黒澤で間違いないでしょうね。
川口巡査殺害の動機もあなたが言って下さった通りですね…」
「だから言ったやないですか」
「申し訳ありませんね…一応これも決まりですんで」
「……」

顔も掌も痛むし、ユキヒロの事が気がかりで
なかなか進まない事情聴取にうんざりしてきた。
本当なら誰にも見せたくなかった「あの写真」を出すことにした。
オレは龍次さんから貰った財布を取り出し、
カード入れの奥に作ったポケットに忍ばせておいた写真を出した。

「恥ずかしいんであまり人に見せたくなかったんですが…
12年前に川口巡査と撮った写真です」

その写真には高校時代のオレと龍次さんが写っていた。

「これはまた…随分とそっくりですね…
黒澤が狙うのも分かるような気がします」
「黒澤が言うには、オレがあいつと付き合っていたせいらしいですけど…。
オレのせいで12年前川口巡査を殺害して
満足していたはずの憎しみがまた蘇ったと…」
「なるほど…参考になります。この写真は…お預かりしても…?」
「大切な写真なので必ず返してもらえるのであれば…」
「お約束します」
「あの…何度もすいませんが…まだ帰れないんでしょうか」
「ええ…ようやく調書も届いた事ですし、
今日のところはお引取り頂いて結構です。
長い時間ご協力ありがとうございました」
「えっと…確認ですけど…オレが黒澤に怪我を負わせた件については…」
「ご心配なく。これだけ証拠もありますし、正当防衛として認められますよ」

オレはようやく体から緊張が抜けていくのが分かった。
深く息を吐き出し、お辞儀をした。

「ありがとうございました。黒澤の件、よろしくお願いします」
「了解しました。あなたたちが安心して暮らせるように勤めますので」

もう一度お辞儀をして、取調室のドアを開けた。

「…………へ?」
「……お疲れ様」
「ユキヒロ…?何で、ここに……?」
「やっぱり心配で…」
「そうか…ありがとな……」
「……で、どうだったの?」
「大丈夫や。正当防衛やし、黒澤の動機も分かってもらえた」
「良かった……」

目に涙を溜めて抱きついてきた。

(おいおい…こんな人前で…)

そう思ったが、言うのはやめた。
6時間以上、一人で不安な思いで待ってたんだ。
そう思うとユキヒロの事がいっそういとおしく思えた。
背中に手を回し、力を込めて抱きしめてやる。

33


「ヒューヒュー、熱いねえお二人さん!」

突然廊下の向こうから声がした。
驚いて顔を上げると見慣れた顔がこちらに歩いてくる。

「和泉さん!?」
「なんで!?」
「イヤー、野方署から川口の事件について照会があったって
職場から電話かかってきたんやけど、
なんかいやな予感がしたから車でちょっくら来てみたら
案の定…って感じやね。まあその様子なら…大事もなさそうやね」
「ええ…おかげさまで」
「ああ、ここに来る前に病院行って来たけど…」
「黒澤は…どうですか…?」
「正直結構危ないらしい…けど、お前にあいつの命なんか背負わさんからな」
「……すいません、色々、ホンマに……」
「ありがとうございます」
「ええって!ええって!w それより眠いやろ。早よ帰ってゆっくり寝え」
「あ…和泉さんは…?」
「オレは有給取ったから、ここで仮眠してからまた大阪に帰るわ。
あー、あとここの連中にあの事件の事しっかり説明しといた方が良いかな…
まあなんにしても一回寝てからやね」
「そうですか、良かったら、うち来ませんか?散らかってますけど…」
「ハハハw ゲイ2人と一緒に寝るのは怖いなw パンツ脱がさんといてやw」
「タイプやないです!www」
「オレだってしたくないですよ!!w」
「ほな、お言葉に甘えさせてもらおかな」

警察署のロビーから出ると、東の空が紫色に染まっていた。

032. 一緒に笑い合える関係

コンビニにあったのはおつまみ用の個包装のクリームチーズだけだった。
1箱じゃ足りないので4箱買った。
コンビニを後にして、帰り道にオレは疑問に思ってた事を聞いた。

「でも…なんで急にうちに来たの?」
「え…イヤー…」
「……あー、康太と喧嘩したんだろ」
「…喧嘩っていうかまあ…うん」
「慶吾は昔からそうだったからな。
彼氏と喧嘩したらメールとか、電話とか、うちに来て愚痴ってw」
「そうだっけ?」
「そうだよ。で、何があったの?」
「オレは2人でSex and the Cityを見たかったから
わざわざDVD借りてきたのに、
康太がそんなの見るよりゲームしようって言うから…」
「……は?」
「楽しみにしてたのにそんなの呼ばわりはないと思わない!?」
「お前ら…長続きするわw」

家に着いた。台所でクリームチーズを取り出しながら言った。

「で、どうするの?」
「え?」
「仲直りしたいんでしょ?」
「…うん」
「まあそうだろね。だからうちに来たんだもんねえw」

そう言いながらカバンからケータイを出す。

「あっ!」
「どうしたの?」
「メール来てた。泰三さんかな…」

マナーモードにしてたから気付かなかったみたいだ。
ドキドキしながらメールを開く。

「……メルマガかよ!」
「まあ…気長に待とうよ」
「そうだね…」

とりあえず康太をうちに呼ぶことにした。
もう二人を許して随分経つけど二人一緒に会うのは何気に初めてだった。
10分後、康太がやってきた。

「よう…」
「いらっしゃいませ」
「慶吾いるのか…?」
「もちろん」
「…帰る」
「ハイ上がって!」
「ちょ!ちょちょちょ!!」

オレは康太の手を引いて無理矢理引きずっていった。

「とりあえずオレはティラミス作りで忙しいから
二人で勝手に話し合ってて」
「え…」
「ユキヒロー…」
「甘えない!」

生クリームを泡立てる。
しっかりと泡立ったら卵黄と砂糖を混ぜ合わせながらお湯を沸かす。
お湯が沸いたらコーヒーを溶かし、カルーアと混ぜてシロップを作る。
卵黄にクリームチーズを混ぜてホイップクリームを混ぜる。
あとはスポンジの代わりのビスケットにシロップを塗ってクリームと重ねるだけ。
あっという間に出来たけど…話し合いは進んでるのか…。

(まあ…期待は出来ないだろうな…)

リビングのドアを開くとやはり二人は黙ったままだった。
どう見ても仲直りしたようには見えない。

「仲直りした?」
「……」
「ねえ、二人に聞くけど、自分のせいで相手が死んだらどう思う?」
「そんな極端な話…」
「どう思うって聞いてるの」
「そりゃあ…イヤだよ…悲しいし」
「オレも…」
「そうだよね。たとえば恋人じゃなくて友達だったり、他人でも嫌だよね。
今日ね、オレはね…そういう状況になったんだ」
「え!?」
「ユキヒロ…」
「泰三さんも昔そういう思いを経験してる。
だから今日、命をかけてオレを守ってくれた」
「一体何が…」
「詳しい話は、泰三さんが帰ってきてから話すよ。
今オレが言えるのはこれだけ。あとはお前ら次第」
「……」
「………ゴメンな」
「康太…オレの方こそ…ゴメン」
「…よろしいw 生きてりゃなんだって出来るんだから
喧嘩なんてバカらしいでしょ?
さて、オレは最後の仕上げやるから、
合体しなけりゃ乳繰り合ってていいよw」
「……ムリw」
「さすがにここじゃなあw」
「バーカ、本気にすんなよw」

キッチンに戻って仕上げをする。
ビスケットをシロップに潜らせてガラスの皿に敷く。
その上にクリームを重ね、またビスケットを敷く。
皿にクリームを載せて、最後にココアを振ってミントの葉を飾る。
小さいグラス3つにも同じように小さなティラミスを作った。

「ハイ。お前らの分」
「え、いいの?泰三さんより先に食べて」
「なんか悪いな…喧嘩の仲裁してもらって、お菓子まで」
「いいよ、オレも一人で心細くてどうかなりそうだったから。
それに生きてりゃなんとでもなるって自分自身でも気付けたから。
オレも泰三さんを困らせないように、しっかりしなきゃね」
「お前、強くなったな…」
「泰三さんのおかげだよ…全部」

泰三さんがいなければオレは…
いまだに康太との事を引きずってただろう。
早く帰ってきて欲しい…泰三さん…。

031. 震えた気がして電話を見て

「名前と、年齢と、職業は?」
「橋口泰三、32歳です。自動車整備やってます」
「状況説明してもらえるかな」
「ちょっと長くなりますが、
12年前に浪速警察署の川口龍次巡査殺害事件がありました。
オレはその川口巡査と当時付き合ってました」
「え、ちょっと待って、という事は…おたく、ホモ?」
「そうです。今日一緒に居たのは恋人です」
「……ああ…あ、そう……えっと、続けて」
「川口巡査が覚せい剤取締法違反で逮捕したのが
黒澤優…あの男です。刑期を終えて出所したものの、
川口巡査に恨みを持ち、殺害しました。
その事件で黒澤は再び逮捕され、懲役12年の判決が出ました…。
そして12年後出所してきた黒澤は、
刑務所の中で川口巡査に甥がいる事を知り、
…どうやって調べたかは知りませんが、東京にやって来ました。
その甥が今のオレの恋人です」
「ちょっと整理します…
黒澤優がかつてのあなたの恋人の川口巡査に恨みを持ち、殺害…
そして実刑判決を受け、服役…
その服役中に川口巡査に甥がいる事を知り、東京に来たと…」
「そうです」
「なんで川口巡査の甥を襲う必要があったんですかね」
「それは…」

***

泰三さんは事情聴取を受けるとかで警察に連れて行かれてしまった。
そのあとすぐに救急車が来て、黒澤を乗せて走っていった。
泰三さんが足払いで倒した時、
払いのけたナイフが背中に刺さってしまったらしい。
これって…正当防衛だよな、泰三さん捕まらないよな…?
そう考えただけで恐ろしくて体が震えだした。

「ヒヒヒヒ…きも、…きもち…いい……ww」

かすれた声で笑いながら救急車に乗せられる黒澤が
最後に発した言葉が頭をよぎる…。

(クソ!あんな…あんなやつのせいで泰三さんが逮捕さr…!?)

その時ポケットに入れたケータイが震えた気がした。
慌てて取り出した…が、液晶には何も表示されてなかった。
着信ランプも光ってない。

(気のせいか…)

「心配すんな。すぐ帰ってくるからな。
久しぶりにお前のティラミス食いたいから作って待っててくれるか?」

パトカーに乗る前に泰三さんが言ってくれた言葉を思い出す。
ベッドからのろのろと起き上がり、冷蔵庫を開ける。
泰三さんと付き合い始めて、色々食材は買うようにしていたが…

「マスカルポーネ…切らしてるよ…バカ…」

スーパーはもう閉まってる時間だし、
コンビニのクリームチーズで代用するか…。
オレは財布を持って玄関のドアを開けた。

ゴッ。

「イテテテテテ……」
「あ、すいませ…慶吾!?何で?」
「ごめん、下がちょうど開いてたから直で来たんだけど…」

慶吾の顔を見た瞬間、現実に引き戻された。
黒澤の事、泰三さんの事、全部夢かもしれないと思ってたけど

(やっぱり本当…なんだ…)

足に力が入らず、立てなくなってしまった。
ヘロヘロとその場に座り込む。

「おい、どうしたんだよ!?」
「う…うん、実は……」

***

「つまり…川口巡査と付き合っていたあなたが
川口巡査そっくりの甥っ子さんと付き合っている様子を
12年前の川口巡査と重ね合わせた黒澤が
あなたの恋人を殺害しようと襲ってきたという事ですね」
「はい。それで、夜道で襲われたんです。
とにかくあの時は黒澤の動きをどうにかして封じる事しか
頭にありませんでした。」
「それで、足払いをして倒した結果、背中にナイフが刺さった、と…」
「そうです」
「……分かりました。12年前の事件とも関わりがある様ですので
浪速警察署に問い合わせてみます。少しお待ちいただけますか」
「ハイ」

***

「え…?どういう事?襲われそうになったって…?」
「えっと…何から話せばいいのかな…
まず泰三さんが12年前に付き合ってた人が警官で…
その人が逮捕した犯人が、恨んでその人を殺して…
刑務所の中でその警官には甥がいるって事を知って…
それがオレで…それで、オレを…こ…殺しに…」

そこまで言って怖くなった。
体がガタガタと震えだした。
慶吾の手が肩に置かれた。
慶吾の手も震えていた。

「で、でも…ちゃんと生きてるじゃん…
そういえば、泰三さんは…?」
「泰三さんが…黒澤を…その男を…やっつけてくれた…」
「え、そ…そう、良かったじゃん!」
「でも…黒澤に重傷を負わせて…今、警察に……
すぐ帰ってくるから、ティラミス作って待ってろって……
もう11時半になるのに……」
「…………」

慶吾は黙って立ち上がって、手をこっちに差し伸べてきた。

「…買い物行くんだろ?ホラ」

オレは黙ってその手を握り返した。
グッと腕を引いて立ち上がらせてくれた。

「ありがと…」
「大丈夫だって!どう考えても正当防衛じゃん!
早く買い物済ませて作ろう。
じゃないと泰三さんすねちゃうよw」
「そ…そう、だよ…ね。うん、そうだよね」
「そう!大丈夫だから!」

慶吾の笑顔がいつになく頼もしかった。
そうだ。待ってる事しか出来ないんだったら
泰三さんの喜んでくれるようなおいしいティラミスを作らなきゃ!
俺達はコンビニへと急いだ。

030. edge

「ふざけんなよ…!クソが!!」

黒澤の顔面めがけて拳を打ち込んだ瞬間
視界から黒澤の姿が消えた

(下か!)

下を見る。次の瞬間にはナイフが目の前にあった。
右腕で反射的に払いのけ、続けざまに肘打ちを食らわせる。

ガッ!

またかわされた。
当たりはしたがダメージにはなってないだろう。
右の頬がズキズキと痛む。
頬を温かい血が流れていくのが分かった。
血が顎から鎖骨にポタポタと垂れる。
ナイフをかわしきれなかったらしい。

(クソ…丸腰だと分が悪いな…)

間合いを一旦開く。
ユキヒロはさっきから動けなくなっているようだ。

(黒澤の野郎…!ユキヒロを守るためやったらオレは…)

もう一度ユキヒロの位置を確認しようと
一瞬後ろに気をやった隙に黒澤が襲い掛かってきた。

「あっ!」

気づいた時には黒澤はもう既に目の前にいた。
喉を狙ってナイフで突いて来た。
すぐ後ろにはユキヒロがいる!
よけるわけには…!!

ガシッ!!

咄嗟に黒澤の右手を掴んだ。
喉ギリギリのところでナイフが止まる。
クソ…力じゃ負けないつもりだが…互角か…それ以上だ。

「いひひいいいぃ。あの時の事、思い出すなぁあぁああぁw
興奮してきちまったぜえぇw」
「変態野郎…地獄に堕ちやがれ…!」
「うひひ。男同士でサカり合ってるお前らも、変態じゃねぇかよおぉwww」

その言葉にオレの中で何かがキレた。

「お前みたいなキチガイと一緒にする…なぁあああ!」

怒りにまかせ右手に渾身の力を込めて黒澤の手首をひねり上げた。


ボキ…ッ、ゴキッ!


黒澤の手首がありえない方向に曲がった。

「ぁあああああははあはああぁぁ!!んぎも゙…ぢ、い゙ぃいwwwwww」
「くたばれ!」

完全に目がイッている。
続けざまにボディブローを入れる。
黒澤の手からナイフが落ちた…
騒ぎを聞いた誰かが通報したのか、
パトカーのサイレンの音が近づいてきた。

(よし…これで警察が来れば…)

しかし次の瞬間、
黒澤は左手で落ちていくナイフをキャッチし、
オレに向かって突き出してきた。

「……っ!!」

オレは咄嗟に右手でナイフを掴んだ。
しかし目測を誤り、刃の部分を掴んでしまった。
焼けるような痛みが右の掌に走る。

(ぐっ…!!)

このままだと形勢逆転もありうる。
左足ですばやく黒澤の右手を蹴り上げる。
関節がイカれているからダメージはでかいはずだ。
予想通り黒澤は呻き、ナイフを握っている手から一瞬力が抜けた。

(今や!!)

ナイフを持った手を払いのけ、喉を押しながら足払いをした。
黒澤は派手な音を立てて地面に倒れた。
パトカーのサイレンがすぐ後ろまで来て止まった。

「ヒヒヒ……気持ち…いいぃ……」
「ハア…ハア…」
「君達!何やってるんだ!!やめなさい!」

黒澤は起き上がる気配を見せない。
警官の駆け寄ってくる足跡が近づいてくる。
頬と掌はまだじんじんと痛む。
黒澤の背中の辺りから黒い水のようなものが湧き出してきた。

(……血?)

ニヤニヤしながらこちらを見つめる黒澤から、オレは視線を外せなかった。

029. ずっとキミを守りたい

駅からマンションまではなるべく広い通りを選ぼうと電車の中で言った。
本当は何も言わずに適当に理由をつけていつもと違う道を選びたかったが
うまい理由が思い浮かばなかった。
ユキヒロはそれでも笑顔で「ありがと」と言ってくれた。

しかし、ユキヒロの家の周りは結構静かな住宅街だから
大通りからすぐにマンションの入口というわけには行かない。
たぶん黒澤も警察に通報されてないなどとは思わないだろう。
自分に捜査の手が伸びる前に行動に移すはずだ。
とにかく何があってもユキヒロを守る。

そしてユキヒロの家が近くなってきた。
まだ9時過ぎだから電気が点いている家がほとんどだが
道を歩く人通りは随分と少なくなっていた。
街灯が切れかけた交差点が近づくと
ユキヒロは少し不安になってきたようで
オレのシャツを掴んでキョロキョロと周りを見渡している。
空には頼りなく輝く星がまばらに瞬いていた。

「大丈夫やから。な」

右手に持っていた紙袋を左手に持ち替え、
肩を抱いてやろうとした時、
奇声とともに何者かが路地から飛び出してきた。
次の瞬間ギラリとした光が目に映った。

「…!!」

とっさに右手でユキヒロを突き飛ばす。
そのまま右足を軸に左足で「その方向」に蹴りを入れた。

ガッ!

衝撃が軽い。狙いが外れた。
あるいは相手が避けたのか…。
消えていた街頭が点滅した。
その光が照らし出したのは…

「黒澤……っ!!」

あの時と同じ、忌々しい笑みを浮かべていた。
高く掲げた右手にはナイフがしっかりと握られていた。
龍次さんを殺した男が、今目の前に居る…。
オレは体の中で暴れまわる恐怖を感じたが
それと同時に龍次さんを奪われた悔しさが燃え上がり
武者震いが止まらなかった。

(ユキヒロには指一本触れさせん…!!)

次の瞬間、黒澤の腕が振り下ろされた。
空を切る音がした。
反射的にその腕をかわす。そしてもう一度相手に蹴りを入れる。

ドカッ!!

今度は確実にヒットした。
黒澤は呻きながら飛びずさった。
オレもユキヒロのいる方に後ずさりし、
黒澤との距離を開ける。
奴を睨んだままユキヒロに囁く。

「立てるか?今すぐ逃げろ」
「で…でも…」
「うひひひい…久しぶりだなあ」
「黒澤…何でユキヒロを狙う?」
「あははぁぁ……お前、知らないのかあぁ?」
「…何や?」
「おまえはぁ、恋人の事を、なぁーんにもぉ、知らないんだなあぁぁw」
「…………どういう事や」
「龍次もぉ……ユキヒロもぉ……本気で愛して、ないんだなあぁぁw」
「……龍次さんと…ユキヒロ……?どうい…まさか!?」
「…泰三さん……?」

黒澤は嬉しそうにニヤニヤしながら
ゆっくりとナイフでユキヒロのほうを指した。

「お前は……川口龍次の……甥だよw」
「………龍次さんが…オレの……?」
「泰三も鈍いよなぁあぁwこぉおんなにそっくりなのになあぁww」
「そ…それがユキヒロを狙う理由やと!?どういう理屈…」
「あいつの血縁はみんな死ななきゃイヤなのー!!」

まるで子供が駄々を捏ねるような口ぶりだ。
ふざけているように笑う。

「龍次は両親も、姉も…とっくに死んでたが…刑務所の中で聞いたんだよ
あいつにまだ…血のつながった甥が居るって…
両親を事故で亡くして、親戚に引き取られたってなぁあぁw」
「だからってこいつは関係ないやろが!」
「そうだなぁ…お前がユキヒロと付き合ってなければなあぁw」
「!?」
「どんな奴かと思って…情報をかき集めて…東京にやってきてみりゃあぁ
あいつが愛したお前が…あいつにそっくりの甥と愛し合ってる…
その時…龍次が生き返ったんだよ…オレの中でなぁああぁ
殺さなきゃなあぁ、オレの気が済まねーんだよぉw」

ユキヒロは完全に言葉を失ってしまっていた。
自分の愛した人の過去の恋人が自分の叔父であったというショック
そして自分の命が危険にさらされているという恐怖…
こんな奴に…こんな理由でユキヒロの命を奪わせるわけには…いかない。

「お前に…ユキヒロは…殺させへんぞ!」
「あははぁぁwジャマするなら…お前も殺しちゃおっかなぁああぁw
またケツ掘るくらいで許してやろうと思ったのになあぁああw」
「ふざけんなよ…!クソが!!」

オレは頭に血が上り、次の瞬間黒澤に襲い掛かっていった。

028. 見えない角度で

ショップを出て本屋に向かう。
夕焼けの空を横目に見ながらエスカレーターを下り
エナメルバッグに財布の入った紙袋を仕舞った。
店に着いて入口から中をうかがうと
棚の上からよく知ってる顔が飛び出していた。

「お待たせ!」
「おう、結構早かったな」
「うん、たいした用事じゃなかったからね」
「そうか。これからどうする?」
「んー。まだ晩ご飯には早いよね」
「そうやなー。じゃあゲーセンでも行くか」
「ゲーセンかあ。当分行ってないなあ。面白そう。行こ行こ!」

というわけでゲーセンにやってきた。
パチンコ屋みたいに騒然としている。

「へー、最近のゲーセンってすごいね」
「やろ。お、良かったドラムあいてるやん」
「ドラム?え、これどうやるの?」
「フフン。まあ見ててみ」

泰三さんは備え付けのスティックを握り
エレキドラムにテレビ画面がついたような筐体の前に座った。
コインを入れ、なにやら選択している。
画面が切り替わって音楽が流れると同時に
画面の上からいろんなバーが降ってくる。

(なるほど、タイミングを合わせて正しい所を叩くのか…)

それにしても泰三さんの腕前はすごく上手かった。
ドラムの事はよく分からないけど
なんか泰三さんの今まで知らなかった表情が
また見れた気がして、刺激的だった。
4曲で、正味10分くらいの時間だったけど見惚れていた。

「どうや?」
「すごく…かっこいいです……」
「やろー?w ま、ホンマもんのドラムとは全然違うけどな」
「泰三さんってドラマーだったの?」
「昔ちょっとな。最近はもっぱらゲームやけど」
「へえ。オレも手が治ったらやってみたいな」
「そうやな。また一緒に来ような」

そのあとはクイズのゲームを二人でやった。
1つの筐体に二人で並んで座ってやるから肩が密着してドキドキする。
ひとしきり遊んでからレストランフロアに行った。

「なに食べよっか」
「そうやなー。米食いたいな」
「じゃあ…ここは?」
「トンカツか、ええな」

二人でトンカツ定食を注文して食べた。
時々目が合うと泰三さんはニヤッと笑う。
オレもつられてニヤッと笑う。
こうしてたまに外で食べるのもいいな。
会計をする時に泰三さんの財布を見た。
良かった、新しいのに買い換えてはないな。
まあ、あんなボロボロになるまで使うくらいだから
そうそう簡単に買い換えないか。
ビルを出てちょっとした広場のベンチに座った。
生ぬるい夜風が頬を撫でる。

「ああ、旨かったな」
「泰三さんの料理の方がオレは好きだけどね」
「まあ、当然やなw」
「自分で言ってるしw あ、そうだ」

オレはバッグから財布の入った紙袋を取り出し
泰三さんに差し出した。

「何や?」
「えーと…プレゼント?」
「なんで疑問形やねん」

泰三さんは紙袋を受け取ると中からラッピングされた財布を取り出した。
包装紙をそっと開ける。

「これ…」
「…気に入らなかった?」
「イヤ、めっちゃ嬉しい…。でも、何で急に?」
「んー…特に理由はないけど、強いて言えばこれのお礼、かな」

包帯を巻いた右手をひらひらとかざす。

「それにもう今の財布、かなりくたびれてるし…。
思い出の財布なんだから大事にしなきゃ」
「…そっか。ありがとな」
「大事に使ってね。いい財布だから、長持ちするからね」
「おう、この財布がボロボロになったら、また新しいの買ってくれな」

そう言って周りから見えない角度でオレの手を握ってくれた。
胸がドキドキした。
泰三さんも顔が赤くなってる。
なんか甘い気持ちになって寄り添いたい気持ちになったけど
一応街中だし我慢した。

「よし、腹も膨れたし、そろそろ帰るか」
「うん!」

今日で夏期休暇は終わりだけどすごく楽しかった。
俺達は電車に乗って高円寺に向かった。

027. 夕焼けみたいに沈む気持ちを 胸にしまいこむ

泰三さんにせかされて服を着替えた。
右手が痛むから着るのが難しくて手間取ってたら
泰三さんが手伝ってくれた。

「よいしょ…ありがと」
「いつも思うけど、ユキヒロはおしゃれやんな」
「そう?うちのショップの型落ちだから
ホントにおしゃれな人から見たら1年遅れてるよ」
「そうなんやー。
…オレみたいなジャージと一緒で恥ずかしくないか?」
「自慢の彼氏と一緒で恥ずかしいとでも?」
「イヤ…オレもちょっとくらいは、服装に気を使おうかと…」
「うーん…このままでもいいけどなぁ…
じゃああとでうちのショップ行ってみようか?」
「おう」

そして玄関まで来た。
ゆうべの事が蘇った。ノブに触るのが少し怖い。
躊躇してるのがばれたらしく泰三さんが

「ホレ」

と後ろから手を伸ばしてドアを開けてくれた。
せっかく泰三さんが明るく振舞ってくれてるんだから
オレもずっと沈んだままじゃいられないよな。
振り返って閉まりかけたドアをかかとで押さえて泰三さんを見上げた。

「ありがと」

そう言ってキスした。
泰三さんはきょとんとしていたが、ニコッと笑って抱きしめてくれた。

食事は例の定食屋さんに行った。
暑いし精をつけなきゃねと言う事でうな丼を二人で食べた。
そのあとショップに行ってみた。

「あれー名取君、珍しいじゃない休日に」
「どうもーお疲れ様です」
「え?その右手どうしたの?」
「ああ、ちょっと火傷しちゃってw
今日は彼に合う服があるかなと思って来てみたんですけど」
「ど、どうも…」

泰三さんは初めてこういう店に来るみたいで
完全に挙動不審になっていた。

「わー、背、高いんですね!体格もいいしー!ちょっと名取君いい?」
「ハイ、ちょっと待っててね」
「お、おう…」

そう言うと蜜子*さんはオレの手を引っ張ってバックヤードにきた。

「ちょっと!超イケメンじゃないの!友達?」
「え、えーと…まあ友達というかなんというか…」
「イヤーン、超タイプなんですけど!あの逞しい腕に抱かれたいわー。
それにあのタンクトップの張り詰めた胸!逆三角形の体!
超ヤバいんですけど!どうしよう名取君アタシ化粧崩れてない!?」
「ちょ、蜜子さん、ダメですよ…」
「なんでよ!」
「彼、恋人いるんで…」
「そんなの奪っちゃうわよ!もうアタシもギリギリなのよ!必死なのよ!」
「勘弁してくださいよ、オレの身にもなってくださいよ」
「……チッ」
「チッって…。とりあえず型落ちのでいいから、
安くて彼に合いそうなやついくつか出してもらえませんか?」
「知らないわよもー自分で出せばー?」
「はいはい…」

泰三さんが脈なしと知ってすっかりすねてしまった。
カミングアウトしてないのでハッキリと言えないのがもどかしかったが
何とか諦めてもらえたようで一安心した。

***

「お、おかしくないか…?」
「まあジャージ姿見慣れてるからねえw
やっぱりラフなカッコの方がよさそうだね。
じゃあ…これかな」
「よいしょ…っと。ちょっと派手やないか…?(;´ω`)」
「うーん…やっぱり30代が着る感じじゃないかー。
じゃあこっちのシンプルなやつならどうかな」
「……んー、これはまあまあ、かなあ…どうやろ?」
「いいんじゃない?これなら結構似合ってるよ」

「名取君、まだー?」
蜜子さんの声がカーテンの向こうから聞こえた。

「あ、もう決めたんで、着替え終わったらすぐ出ますー」

元のユニクロのタンクトップに着替えて
泰三さんはようやくほっとしたようだった。
カーテンを開けて外に出る。

「で、どれにするの?」
「えっとこれとこれとこれ…あとこのタンクトップの色違いありましたよね」
「在庫あったかなー」
「ネイビーが確かあったと思うんで、あったらそれを」
「かしこまり〜。ちょっと取って来るわー」

蜜子さんはそう言ってバックヤードに消えていった。

「オイ…オレこんなとこで買ったことないから分からんけど
結構高いんやろ?いくらくらいなんや?」
「あー大丈夫、うち社員割引充実してるから、
あの組み合わせなら1万5000円以内で収まるよ」
「それでも1万5000円か…ユニクロとはえらい違いやな…(;´ω`)」
「お待たせ~。じゃあえーと…合計で1万3500円ね」
「あ、ちょっと…」
「どうしたの?」

オレはレジの横のガラスケースをチラッと見た。

「イヤ、なんでもないです」
「ほな…これでお願いします」
「ありがとうございます〜。1500円のお釣りです」

蜜子さんは服をてきぱきと紙袋に詰めていく。
それを泰三さんに渡した。
オレは店を出たところで泰三さんに耳打ちした。

「ちょっとだけ仕事のことで話があるから
下の本屋で暇潰しててもらっていい?」
「分かった。ほな料理本のコーナーに居るからな」
「うん、ゴメンね」

そういってレジの方に戻っていった。

「何?忘れ物?」
「イヤ、財布欲しかったの忘れてて…」
「フーン、なんで彼を行かせるのよ。
せめて目の保養くらいしたかったのに」
「イ、イヤー…ま、待たせちゃ悪いなと思って、本屋に。
本屋なら暇つぶしできるでしょ?
それにこういう店慣れてなくて緊張してたみたいだから」
「フーン…まあいいわ。で、どれにするの?」
「えっと…これ」
「はいよ」

そう言って蜜子さんはガラスケースから財布を出し、ラッピングし始めた。

「じゃあ1万円ね」
「え、社員割引で2万2000円じゃないんですか?
それにラッピング頼んでないんですけど…」
「『カレ』にあげるんでしょ」
「え?」
「好きなんでしょ?彼の事」
「は?な、なん…そんな、いやあの、ち…えーと…」
「女のカンなめんなよw」
「……御見逸れしました。…つーか、キモいとか…思ってます?」
「は?なんで?」
「イヤ…オレが、その…ゲ、ゲイだから…」
「なーに言ってんのよ、名取君は名取君でしょ!バカねー」
「…は、ハイ…」
「まあ…超タイプだったから残念だけど、
名取君の彼氏なら取る訳には行かないもんねw
お幸せにね」

そう言って蜜子さんは紙袋を渡してくれた。

「ありがとうございます」
「ハイじゃあちょうど1万円ね。まいどあり〜
ところでさ…」
「なんですか?」
「カレのヌード写メ送ってくんね?(*゚∀゚)」
「ダメです!」
「ハハハw 冗談だよwww」
「もう…それじゃ、お疲れ様です」
「はーい、おつかれさま」

オレは紙袋を持ってショップを後にした。
窓の外は夕焼けで空が綺麗なオレンジ色に染まっていた。

(泰三さん…喜んでくれるかな…)

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