Starry Sky

ゲイによるノンケ向けのゲイ恋愛小説です。性的表現は控えめですがなきにしもあらずなので苦手な方はご遠慮ください。

June 2009

026. setting a trap

結局その日はユキヒロは精神的ショックから開放されず
オレはずっと一緒に居た。
ベッドで一緒に横になってユキヒロを抱きしめていた。

「大丈夫やから…オレが守るから」

同じような事しか言えない自分が不甲斐なかったが
ユキヒロはそのたびにうん、うん、と頷いてくれた。
夜が明けてコーヒーを淹れていたら電話が鳴った。
ユキヒロと二人でディスプレイを覗き込んだ。
番号が表示されている。
ユキヒロを見ると無言で首を振った。知らない番号らしい。
オレはゆっくり受話器を上げた。

「もしもし…」
「あーどうも、野方署の者ですが、名取さんのお宅?」
「ええ、そうです。何か分かったんですか?」
「いやね、あのスタンガンですがやはり指紋は出てません」

予想していたとはいえ、手掛かりがこれで一つ消えたわけだ。
オレは小さく溜息をつく。

「でもね、あのスタンガンねえ、連続放電時間がたったの8分なんですよ」
「8分!?たったの?」
「ええ、ですから目撃情報などもかなり絞り込めるんじゃないかと」
「ちょ、ちょっと待って貰えますか?」

オレは保留ボタンを押してユキヒロに言った。

「あのスタンガン、連続放電時間が8分しかなかったんやって」
「え、どう言う事?」
「要するにオレらがここに帰ってくる直前に仕掛けられたってことや。
誰かあやしい人間見かけんかったか?」
「んー…あ、そういえば」
「どうした?」
「なんか家のすぐ近くの角で、変な酔っ払いみたいな人にぶつかった。
すごいガタイしてて、目つき悪くて…」
「何?」
「フラフラしながら歩いていった…」

嫌な予感がした…。
オレは右手の人差し指で自分の右の首筋を指差した。

「なあ、そいつな…ここに…でっかい痣、なかったか?」
「え?泰三さんもその人に会ったの?」

オレは血液が凍りついたような
あるいは瞬間的に沸騰したような
捕らえようのない感覚に襲われた。

あの光景が蘇る。

あの日…12年前、オレを犯した男。
黒澤…。
あいつが…なぜ…ユキヒロを?
震える手で受話器をフックから外した。

「もしもし…」
「あーもしもし、何か心当たりでも?」
「黒澤です…」
「は?」
「12年前、浪速警察署の川口龍次巡査を殺害した、黒澤優です」
「えーと、随分唐突ですが…、何か根拠というか、証拠になるようなものは…」
「目撃証言だけですが…被害者が帰宅する直前に
黒澤と思われる人物とぶつかっています。
オレは12年前、川口巡査殺害の現場に居合わせた者ですが
その時の黒澤の特徴と、被害者の目撃した人物の特徴が一致したので…」

ユキヒロは驚きを隠せない様子でこちらを見た。
なぜまた黒澤が?ユキヒロの目はそう言っている様に見えた。

「なるほど…ちなみにその特徴というのは?」
「向かって左の首筋に大きな痣があったというものです」
「そうですか…ただ証拠としてはちょっと弱いですねえ…」
「そうかもしれませんが、黒澤の懲役期間は12年です。
数ヶ月前に出所しているはずです。調査してもらえませんか」
「そうですね、目撃証言は捜査の参考にさせていただきます。
今後もご協力をお願いするかと思いますがお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。
あ、あと…黒澤の件については浪速警察署の和泉警部が
当時取調べを含めて担当してくださっていたので
そちらに問い合わせていただければ詳しく分かるかと…」
「了解しました。そちらにも問い合わせてみます。それでは、失礼します」
「はい。よろしくお願いします」

オレは受話器を置いた。
ユキヒロが口を開いた。

「黒澤って…」
「あいつや…間違いない」
「泰三さん…オレ、どうしたら…」
「言ったやろ、オレが守るって」
「でも、相手は人殺してるんだよ!?嫌だよ!泰三さんも…」

オレはユキヒロの口を塞いで笑って見せた。

「オレは簡単に殺されへんよ」
「だって…」
「あんな穴のある仕掛けしてくるようなやつに負けへんって!
なんやねん連続放電時間8分て。一歩間違ったら意味なしやんw」

もちろんダメージを与えられなくても
郵便受けからスタンガンが出てくるだけでもショックだと思うが
そんな事を言っても意味がない。
恐怖から逃げるんじゃなく、打ち壊さないとダメだとは分かっていたが
必要以上に怖がらせる必要はない。

「な、だからメシでも食いに行こうや。
優秀なボディーガード様が居るから安心せえって!」
「様…かw」
「お、今笑ったな?この!」
「イ、イヤ!笑ってな…なんk…ヒャハハハハ!
ヤダ!ヤダ!わき腹わき腹!!」

8月の連休最終日。
窓の外から聞こえるクマゼミの声を二人の笑い声がかき消した。

025. JUMPER(後編)

シリコンのキーカバーが絶縁してるが
鍵が熱くなってきたようできな臭い臭いがしてきた。
オレは我に返って鍵をノブから離した。

「だ、大丈夫か!とにかくこれをどうにかせな…」

オレはドアを注意深く観察した。
マンションにありがちな表面が金属製のドアだ
中も金属かは知らないが、ノブや鍵穴も金属で出来ている。
鍵を開ける時に感電しなかったのはおそらく
ユキヒロが自宅の鍵にシリコン性のキーカバーをつけていたためで
たぶんこのドア全てが帯電してると考えた方がいいだろう。
という事は一見分からないところから電流を流す事も可能という事か。

少し背伸びをしてドアの上部分を覗く…何もない。
ドアの下もじっくりと見てみるが何もない。
ノブが付いている方にも、蝶番が付いている方にも
仕掛けがしてある様子はない…。

(どういう事や…どこから電気が流れとるんや)

ユキヒロをちらりと見る。
左手で右手を握り締めている。痛むのだろう…。
早く手当しなければ…でも焦ってはダメだ。
どこかに盲点があるはずだ…どこかに…!

その時郵便受けが目に入った。
ものぐさなユキヒロはよくチラシが差し込まれたままで放置している。
それを毎回オレが来た時に来て整理していた…。
大阪に行く直前にも整理したから今何も入ってないのは不自然じゃないが…
他の部屋の郵便受けに目をやると、
全ての部屋に同じチラシが1枚だけ挟まっているのが見えた。
つまり大阪に行って帰って来る間に1枚はチラシが配られた…
なのにここにだけない…という事は!

オレはズボンのポケットからボールペンを出した。
念のため分解して芯やバネなどの通電性の物を全て取り外し、軸だけにする。
そしてそれで郵便受けのふたをそっと押した。

バチバチッ!

乾いた音を立てて蓋との間に何本かの稲妻が走る。
そして…

(見つけた……!)

郵便受けの口に導線が固定されていた。
ご丁寧にもハンダ付けだ。
そしてその線が郵便受けの中へと続いている。
何かがこの中で電気を発しているのは確かだった。
幸いここのドアノブはまわすタイプじゃなく、
取っ手を引くと開くようになっていた。

「ユキヒロ、大丈夫か。おまえんち、ゴム手袋あったよな」
「え…?え、…あ、うん…」
「よし、もうちょっと我慢してくれな」

そう言ってオレは周りを見渡す。絶縁体になるようなものは…
ユキヒロのカバンにペットボトルが入っていた。
中身を排水溝に流し、雑巾を絞るようにひねり、細くする。
それをドアに触れないよう注意しながら取っ手に通して引いた。
ドアが開いた!オレはユキヒロに

「まだそこに居れよ!」

とだけいい、中に入った。
ゴム手袋を探す。あった。幸いにも何枚も入っているやつだ。
念のため3枚重ねで付け、郵便受けに恐る恐る触れる。
電流は流れない。よし!蓋を開ける。
そこからゴロリと出てきたのはスタンガンだった。
その電極に導線がつながっている。

「クソ!誰がこんなもの…」

スイッチを固定しているグルグル巻きのテープを剥がす。
念のために電池も抜いた。これで電気は止まったはず…。
手袋を外し、プラスチックのキートップが付いた鍵をドアノブに近づける。

カチ…

静かに硬い音を立てて鍵がノブに触れた。
電流は無事に止まったらしい。
ドアを開けてユキヒロを招き入れる。
ユキヒロはまだどこか呆然としているようだった。

とりあえず警察に連絡をし、状況説明をした。
ゴム手袋をしていたおかげでオレの指紋は付いていない。
たぶん犯人も絶縁用の手袋をしてこの装置を仕込んだだろうから
証拠は出ないかもしれないが…
と頼りない一言を残して警官は帰っていった。
部屋は暑いのに薄ら寒い沈黙が流れた。
ユキヒロのかすれた声が聞こえてきた。

「泰三さん…」
「どうした…?まだ手が痛むか?」
「……泰三さん…」
「…大丈夫や、オレが守るから…」

包帯を巻いた右手に、そっと手を重ねた。
左手で肩を抱いた。
ユキヒロがしがみついてきた。カタカタと小さく震えている。
怖いに決まっている。何の前触れもなく生活が脅かされたんだ。

オレは体温がユキヒロに伝わるように、
ゆっくり、力を入れて背中を撫でた。
ユキヒロを守りたい。安心させたい。
でも、言葉が出てこなかった…。
抱きしめる事しかできない自分がもどかしかった。
この気持ちが電気のようにユキヒロに伝わればいいのに…。
でも言葉だけじゃない。きっと、伝わってるはずだ。

ユキヒロは…オレが、守る。続きを読む

024. JUMPER(前編)

俺達はそれから少しイチャイチャして北欧館をあとにした。

時間は15時を回ったところだが、堂山の外れにあるゲイバーが
カフェタイムとして営業しているらしいというので行ってみることにした。

「こんちわ」
「いらっしゃーい。あ!たー君?」
「トッシー久しぶり!」
「えー久しぶりぃ!すごいマッチョになったじゃない!」
「そらがんばって鍛えとるからw こいつ、恋人のユキヒロ」
「どうも…」
「えー、昔の龍ちゃんにそっくりじゃない!カワイー♪
 トシヤです、よろしくー」
「とりあえずー…アイスティーにしようかな」
「あ、オレも」
「りょーかい♪おきゃん*、アイスティー2つね」
「はーい」

カウンターの中に居たもう一人の店員が
グラスにアイスティーを注いで持ってきてくれた。
坊主に顎髭で厳ついけど物腰の柔らかい
いわゆるイカニモ系*の店員だった。

「はじめまして〜、おきゃんてぃーです♪」
「あ、はじめまして…ユキヒロです」
「どうも、泰三です」
「今日はヒマなんでゆっくりしてってくださいね。あ、今日も、かなw」
「あんたケツの穴布団針で縫うわよ」
「ちょw シャレならんwww 泰三さん助けてwww」
「ダメ!泰三さんはオレの彼氏なんだもん!」
「ゴメンゴメン、冗談よ。
人の彼氏奪おうって思うほどアクティブじゃないわよw」
「あ、ごめんなさい、つい…」
「すぐムキになる辺りを見ると…2人はまだ付き合いたて?」
「3ヶ月やから…まあ、そうやね」
「それにしてももう…10年位だっけ?最後にここに来て」
「12年やね、オレが20歳の頃が最後やから」
「え?泰三さん未成年の頃から堂山来てたの?」
「そうよー。この子夜な夜ないろんなお店でいろんな事してたのよー」
「コラ!嘘つくなや!w龍次さんに連れられてここに来てたくらいやで」
「まあ、龍次さんお巡りさんだもんね」
「むしろ未成年に酒飲まそうとするようなダメ警官だったけど、
 まあイケメンだったよねー」
「トッシー1回、周年*のときかなんかでドロドロに酔っ払って
本気で龍次さんの事口説いてなかった?」
「マジ!?覚えてないわーw」
「オレ覚えてるで、まああん時まだガキやったし、
なんやねん龍次さんに絡みやがってこのクソガマ!って思っとってさあw」
「ひどーい」
「アハハ」

ゲイバーに来たのは本当に久々だったから面白かった。
帰りの新幹線の時間が近づいてきたので別れを告げて店を後にした。

***

「やっと池袋かあ…」
「ほな、オレは一回荷物置いてから来るから、またあとでな」
「うん。待ってるね」

そう言って泰三さんは降りていった。
オレは一人山手線に揺られて新宿まで。
新宿で中央本線に乗り換える。
高円寺について家の鍵を弄びながら夜道を歩く。
ちょっと喉が渇いたのでコンビニに寄った。
雑誌コーナーをふと見ると気になっていた雑誌があり
つい立ち読みしてしまった。

(ヤベ!泰三さん来るのに!)

慌ててお茶を買って飲みながら家路を急いだ。
自宅のマンションが近づいて気が緩んだのか
角を曲がった瞬間に人とぶつかった。

「あっ、スイマセン」
「おっとぉ、ごめんよぉお〜w」
(うわ、でっかい痣だな…火傷かな)

左の首筋に大きな痣があるその人は
酔っ払いみたいな感じでヘラヘラしながら歩き去って行った。
(すげー体格だったな…泰三さんレベルだった)
そんな事を考えながら玄関のロックを外した。

「お!ちょうどよかった!」
「あ、泰三さん」
「お前寄り道したやろ」
「ゴメン、ちょっと気になる雑誌があったからつい…」
「しゃーないなーもう。よし、荷物持ったるから早よ行くで」

そう言ってオレのカバンをひょいと抱えるとエレベーターを呼んだ。
自宅のあるフロアまでついて鍵を開け、ドアノブを握った。

バチィ!

「あっ!!!」
痛みに思わず悲鳴が上がる。
「なんやねん、静電気か?大袈裟やな…って、オイ!大丈夫か?」

ドアノブに触れた部分の皮膚が真っ赤に腫れ上がっていた。
火傷したみたいになっている。

「……」

泰三さんはオレの手から鍵を取り、
少しずつノブに近づけた。

バチバチッ!

青白い電流が鍵とノブの間に小さな稲妻を作り出した。
ストロボのように明滅し、時に蛇のようにうねる稲妻…。

「なんやこれ……」

オレは何も言えず、ただ青白い光を見つめるだけだった…。続きを読む

023. あの日の思い出

ユニットバスに篭って準備を始める。

(勢いで言ったものの…ちゃんとできるんやろか)

少し不安もあったが
龍次さんの時はまったくの未経験から
気持ちいいと感じるようにまでなれたんだから
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。

正直まだあの時の事があって怖い気持ちもある。
だからと言っていつまでもユキヒロにばっかり
ウケをやってもらうわけにはいかないと思った。
あいつはタチリバなんだから、
タチりたいという気持ちは絶対あるはずだ。
オレがその気持ちを満たしてやらないと…。
お互いバニラ*で満足するほどウブじゃないし。

準備が終わった。いよいよだ…。

***

「く…うぅ…」
「ねえ、やっぱりやめようよ…指でもすごいきつかったのに…」
「だ、大丈夫、や…」

と言ったものの、12年ぶりだ。
龍次さんとの初めての時を思い出すような痛さだった。
体の力の抜き方は分かっていたつもりだったが
やっぱり「あの時」の事が無意識に緊張させるのか、
手が震えてなかなかうまくいかない。

「よいしょ…」
「どう、した……?」
「リラックス、して…」

上半身を起こした格好でユキヒロはキスをしてくれた。
右手で体を支えながら、左手で頭を撫でてくれた。

(あぁ、なんか落ち着…)

「ぐぁっ!っつー…」
「だ、大丈夫!?」
「リ、リラックスしたら…体の力、抜けて
 い、一気に入ってきた…ハハハ」
「一回抜く…?」
「イヤ…このまま…」

(なんか…あの時と似とるな…)

オレは龍次さんと始めて一つになった夜の事をふと思い出した。
そうだ、あの時と同じように…

「ゆっくり横になってみ…」
「うん…」

そのままオレも両膝を付いて上半身を倒し、
ユキヒロにしがみつく。
うなじに顔を埋め、香水の匂いを嗅ぐ。
滑らかな肌を撫でる。
少し顔を起こし、目を見つめる。

(大丈夫だ…あいつじゃない…怖くない…)

頭の中で何度も唱える。

「背中…さすってくれるか…」

ユキヒロはゆっくり背中をさすってくれた。
痛みが少しずつ引いていく。
背中をさすりながらニヤリと笑う。

「泰三さん…あの日の事思い出してるでしょ」

読まれてたか。

「ある意味2度目の初体験やからな…」

痛みは大分なくなった。
ユキヒロの目を見ていると不思議に怖さもなくなっていた。
少しずつ動き出す。忘れていたあの衝動がよみがえる。

「あ…、気持ち…よくなってきた…かも…」
「オレも、気持ちいいよ…」

嬉しかった。
ただ、一つになれる事が。
この先の事は…どうなるか、よく分からないけど
今こうしていられる事が幸せだった。
恐怖は、もう消え去っていた…。

***

「はー。久々にウケやったわあ…」
「トコロテンしなかったねえ(・ω・`)」
「元々そういう体質やからなー」
「でもなんか嬉しかった」
「ん?」
「これでタチでもウケでも一つになれたもん」
「ゴメンな、今までずっとウケばっかりやらせて」
「いいよ、ウケはウケで気持ちよかったから」
「でも、やっぱり…過去と向き合う事から逃げてタチばっかりやってきて
ユキヒロもタチりたいやろうなって思った事もあったけど
やっぱり怖くて踏み切れんかった…
今日も正直…怖かったけど…ユキヒロやったからできたんや…
おかげでトラウマが克服できた…。ホンマにありがとうな」
「いいよ、そんなかしこまらなくてもw」
「…そうか?」
「うん、オレだって泰三さんががんばってウケしてくれて
オレの事ホントに好きでいてくれてるんだって再認識できたもん」
「そうか」
「うん」
「これからはオレもウケできるから、タチりたい時は言ってな」
「了解ッス♪」

俺達はまた抱き合った。
ユキヒロの体温が幸せだった。続きを読む

022. 今からキミに会いに行くから

朝6時…
いつものように泰三さんの腕の中で目が覚めた。
いつもと違うのは、お互いの下半身がいつも以上に元気な事…。

「おはよう」
「おはよ」
「よう寝れたか?」
「うん。……あ、固いw」
「もー、こりゃしばらく起きられんわ」
「出す?」
「アホかw しりとりでもして落ち着かせるで」

エロい事を考えないようにとしりとりをすること5分…
ようやく落ち着いてきたので着替えて2階のリビングへ降りて行った。

「おはようございます」
「おはよう、よう寝れた?」
「はい、おかげさまで。和泉さんは…」
「かれこれ30分くらいトイレに篭ってるわ」
「相変わらず新聞ですかw」
「そうなんよ。もうそろそろ出てくると思うけど」

テーブルについてヨーコさんと話していると和泉さんが出てきた。

「おう、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます」
「ほな、メシ食ったらすぐ出るか」
「そうですね」

朝ごはんはご飯と味噌汁と納豆、焼き鮭だった。
関西人は納豆が嫌いだと思ってたけど
そういえば泰三さんも普通に食べてたな。
食事が終わると和泉さんと泰三さんと3人で出かけた。
龍次さんの眠っているお墓は近くだという事で歩いていった。

浄国寺というお寺に着いてバケツに水を汲む。
夜のうちに冷やされた水が気持ちよかった。
泰三さんが柄杓でお墓に水をかけ、オレが手でこすって汚れを落とす。

「うわ、冷たいw これ井戸水?おいしいのかなー」
「アホか。飲んだらダメに決まってるやろw」
「だって暑くなってきたんだもん」
「早よう川口に報告してやれやw」
「そうですね」

線香に火をつけ、お花を添える。
お墓の前に二人でしゃがみ、手を合わせた。

「龍次さん、やっとあの時の約束が果たせたわ。
こいつが新しい恋人やで。オレはもう大丈夫やから、安心してな」
「はじめまして。ユキヒロっていいます。
泰三さんのこと、幸せにします。見守っててくださいね」

「ひひひ。熱い熱いw」
「もう!和泉さん茶化さんといてくださいよw」
「ええやないかw
川口。こいつらのことちゃんと見といたれよ」

俺達の言葉に返事をするかのように
涼しい風がふわっと吹き抜けた。
八月の朝の空は青く透き通っていた。

一旦和泉さんの家に戻り、お礼を言って出発した。
大阪の観光をしたかったけど、
泰三さんに大阪は観光するとこやないと一蹴され
強引にお願いして歩いて行ける通天閣にだけ行った。
お昼は堂山町まで出て泰三さんのオススメの回転寿司屋に行った。
さすがに食い倒れの街と言われるだけあって安くておいしかった。

「さて…腹も膨れた事やし、軽く運動でもするか」
「運動?」
「昨日やってないやろ」
「……出たよw だから堂山だったんだw」
「イヤか?w」
「…大阪まで来て、っていう気もしなくもないけど…したいw」
「決まりやなw」

北欧館というサウナ*の個室を取って入った。
クーラーが効いていて気持ちがいい。
昨日キスしか出来なかった欲求不満を吐き出そうと
部屋に入った途端抱き合ってキスした。

「なあ…」

唇を離した泰三さんが恥ずかしそうに口を開く。
言いたい事は決まっているのに、恥ずかしくて言えないような
なんかそんな顔だった。

「どうしたの?」
「あの…な、えーと、今日は…そのー」

泰三さんの顔がどんどん赤くなっていく。
オレの首に回した手がモジモジと動いている。
早く続きを言って欲しかったが、オレは黙って続きの言葉を待った。

「オレが…う、ウケ…していいか?」
「……いいよ」

オレはニコッと笑って見せた。
こんな顔見た事ないけど、なんか、すげーかわいい。
泰三さんも嬉しそうな顔をして笑った。
そしてまた、キスをした。
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021. 2人の思い出を重ねて

カランコロンカラ〜ン

喫茶店のドアをあけるとドアベルが鳴った。
店は落ち着いた雰囲気で、
カウンターの中には中年の女性がいた。
客は俺達だけみたいだった。

「いらっしゃい。あ、橋口君!おかえり。今年もよう来たね」
「ご無沙汰してます、ヨーコさん」
「アラ…!え…?こちらは…?」
「ハハハ、そっくりでしょう。新しい恋人のユキヒロです」
「はじめまして。名取ユキヒロといいます」
「イヤー!ビックリやわ。こんなそっくりな人が居るもんなんやね。
あ、和泉の妻で、ヨーコ言います。旦那が川口君の同僚やったんですわ」
「よろしくお願いします」
「あの、和泉さんは?」
「非番やから寝とるよ。ちょっと待っとってね、
飲み物出したら起こしてくるから。とりあえず座り。何にする?」

俺達はカウンターに座った。

「えっと、アイスコー…あ、冷コー1つw」
「冷コーてw今時あんまり聞かへんよw」
「レイコー?コーラの事?」
「冷たいコーヒーで、冷コー。もう死語やなw」
「なるほどー」
「で、お前何にすんねん」
「あ、決めてなかった!えっと、えっと……」
「ゆっくり決めたらええよ」
「んー…じゃあ、ミックスジュース」
「はい、ミックスジュースやね」
「プwww」
「なにさー」
「イヤイヤ、なんでもないw」

アイスコーヒーとミックスジュース、
ガラスのボウルに入れられたチョコレートが俺達の前に並んだ。
ヨーコさんは2階に和泉さんを起こしに行った。
しばらくして40代の男性がカウンターに入ってきた。
和泉さんか…現役の警官らしくガッチリした体型をしている。
顔は全然イケなかったけどw

「いらっしゃい。橋口君。こちらが名取君か…
ホンマやわ、川口にそっくりやな」
「はじめまして、名取ユキヒロです」
「そっくりすぎやからなんか変な感じやわw」
「ですよね、僕も写真を見たときビックリしましたよ」
「それじゃあ、夕飯の支度するからゆっくりしとってね。
今日はご馳走やからね♪あんた、店番お願いね」
「はいよ」

そういってヨーコさんは出かけていった。

「もうあれから12年なんやな」
「ええ、早いもんですわ」
「橋口君も、やっと幸せになれたみたいやし、今晩はお祝いやな」
「いいんですよ、そんないつも通りで」
「え、今晩って…?」
「橋口君、毎年お盆に川口君のお墓参りに来てくれるから
その時はうちに泊まってもらってるんよ。
元々ここは、橋口君と川口君の家やったからな」
「え、それじゃあここが…」
「そう、龍次さんとオレが昔住んでた家やねん」
「そうだったんだ…」

チョコレートを一つ食べる。
口の中に少しの苦味と甘さが広がる。

「2人はもうすぐ1年?」
「イヤイヤ、5月に知り合ったばっかりやから、まだ3ヶ月ですよ」
「えー、そんな付き合いたてなんや?
なんかそういう風に見えんかったわ。
てっきり去年来てくれてからすぐに知り合ったんかと思ったわ。
ほな、今一番幸せいっぱいで甘い甘ーい感じなんや(*´∀`)」
「ええ…wまあそうですねw」
「夜とかどんなんなん?(*゚∀゚)=3」
「コラ!興味ないやないですか!www」

夕飯は焼肉だった。和泉さんと泰三さんはビール
ヨーコさんとオレは酎ハイで乾杯した。
2年前に伊勢原の叔父さんが病気で亡くなってから
帰省というものに縁がなくなっていたオレにとって
まるで親戚の集まりのような食卓はなんだかすごく楽しかった。
一晩お世話になるお礼にと、台所を借りて
夕飯前に買ってきておいた材料でレアチーズケーキを作った。
和泉さんもヨーコさんも喜んでくれた。

「おやすみなさい」
「明日早いから、パンツ脱いだりせんとゆっくり寝るんやでーw」
「和泉さん!下品やから!w」
「あ、ダブルベッドだ。いいのかな、こんないい部屋使わせてもらって」
「昔からここだけは変わってないな…」
「え…?」
「オレが住んでた頃と全く一緒やねん。
多分オレのために使わんとそのままにしてくれてるんやと思う」
「そうなんだ…」
「改築してお店出すときもいちいち相談して来てくれて…
もう和泉さんの家なのにな。ホンマに…」
「泰三さんも龍次さんも、いい人に恵まれてたって事だね」
「そうやな。さ…寝る前に」
「ん?」
「和泉さんは何もするなって言ってたけど、キスくらいはええやろ?」
「…うん」

ベッドに横になると、ゆっくりと抱きしめられた。
そして、優しく頭を撫でてキスをしてくれた。

(泰三さんは龍次さんとこうして寝てたのかな)

昔と今を重ねて少し胸が苦しくなったけど
泰三さんの体温は心地よかった。続きを読む

020. おいしいレシピ

新大阪駅は人でごった返していた。
地下鉄に乗り換えて難波まで来た。

「ホンマはこっから乗り換えて恵比須町いうとこに行くんやけど
せっかくやし、街ん中歩きながらいくか」
「うん!」

難波から日本橋方面に途中まで地下道で行き、
エスカレーターで地上に出る。
東京より少し雑というか、ラフな感じの街並みと
すれ違いざまに聞こえる関西弁が新鮮だった。

日本橋から南に下っていく。
西の秋葉原といわれる電気店街をぬけると
前方に通天閣が見えてきた。

「もうすぐやで」
「もうダメ…泰三さん、ジュース買ってー(;´д`)」
「もうすぐって言っとるやないか。我慢せえ」
「ケチー(・ε・´)」
「ホラ、ここが浪速警察署。龍次さんのいた職場」
「ここかあ…」

信号が青になった。
交差点を渡って100mもしないところに煉瓦造りの建物があった。
泰三さんはその前で立ち止まった。

「ここが、オレの元職場な。
時間もちょうどええし、ここでなんか食うか?」
「え…?」
「ホレ、行くで。こんちわー」
「いらっしゃいま…え、橋口……くん?」
「深雪さんやないですか。ご無沙汰してます」
「えー!?ホンマに橋口君なん!?別人みたいやん!いやー
店長!店長!!ちょっとー!」
「なんや、騒がしいなあ。なんかあったんか?」
「橋口君!橋口君が来てくれたんよ!」
「ホンマか!?ゼビウスのスペシャルフラッグ並みにレアやん!」

厨房からドタドタと足音が近づいてきた。

「イヤあの、お気遣いなく…(^_^;)」
「おお!よう来たなあ、って、うーわ!すっかり見違えて!
ますますガラが悪くなったんとちゃうか?」
「店長も相変わらず口が悪いっスねえw」
「えっと…こちらは……?えらい川口君にそっくりやけど…」
「ああ…コイツ、新しい恋人です。そっくりでしょう」
「ど、どうも…名取です。泰三さんが以前お世話になっていたそうで…」
「イヤホンマそっくりやわ。ミラクルひかると宇多田ヒカルくらい似とるわ」
「深雪さん…微妙な例えはええからとりあえず座らせてくださいよw
コイツ干からびかけてるんですわw」
「ああ、そうやね。ゴメンゴメン。暑い中お疲れ様」

お店は1階は厨房とパンやケーキの販売で、
2階が食事できるようなつくりだった。
一番奥の窓際の席に通してもらい、冷たい水を貰った。

「えっと、じゃあBコース…」
「あっ!料理はこっちにまかしとき!」
「え、でも…」
「ええから、ええから。
せっかく久しぶりに来てくれたんやから言うて
店長も張り切ってるんよ」

深雪さんは嬉しそうに目を細めながら
他の客に聞こえないように小声で教えてくれた。

「じゃあ…お任せします」
「期待しといてな」

そう言うと深雪さんはウインクをして下に下りていった。
そして運ばれてきた料理は今まで食べた事がないような豪華なものだった。
テレビでしか見た事のないような高そうな料理が次々に運ばれてくる。
味も本当においしかった。

「でも…これすごく高いんじゃないのかなあ…?」
「ああ、さすがにオレもちょっと心配やわ…
まあ、お金は多めに持ってきたし、たぶん大丈夫やろ」
「んー…大丈夫、なのかなあ…」

***

「ちょっと、どういうことですか!」
「イヤイヤ橋口君、まあ落ち着いて」
「これが落ち着けますか!」
「泰三さんの言う通りです。僕も納得いきませんよ
何であんなにたくさん料理が出てきて2人で2,000円なんですか」
「イヤ、そのー…」
「ランチメニューはただでさえ粗利が低いのに…
絶対原価割れしてますよね、この値段」
「え、イ、イヤ…あの…」

鋭い指摘を受け、深雪さんは目を泳がせた。

「深雪さん、ホンマにオレら嬉しいですけど、
仕事はきっちりせなダメやと思うんです。
オレの経験からしてメニューに載せるとしたら
あれはランチ基準でも1人4〜5,000円の料理でしたよ。
やから、これ受け取ってください」
「あっ…あかんよ、橋口君」

そういいながら強引に一万円札を渡そうとする。
深雪さんは困ったように泰三さんの手を押し戻そうとする。

「橋口君…」
「あっ、店長」
「…店長がこの値段決めたんですか?」
「そうやで。橋口君、川口君亡くなってからホンマに落ち込んで
ホンマに…後を追うんちゃうかって心配になるくらいやった。
少しは元気になったけどそのあとすぐうちを辞めて、
そのまま東京に行ってもうたやろ…ずっと心配してたんやで。
今日、新しい恋人や言うて名取君連れてきてくれて
見違えるほど元気になった姿見せてくれて…
わしも深雪くんも、ホンマに嬉しかったんやで。
やから、今日の料理は元気な姿見せてくれたお礼なんや」
「店長…」
「わしらの気持ち、受け取ってくれるな?」

泰三さんは目を閉じ、溜息をついた。そして口を開いた。

「ダメです。サービスが露骨過ぎます。
他のお客さんからのクレームになりかねません。
やから、ちゃんとビジネスはビジネスとして割り切ってやってください」
「うぐ…そ、それやったら仕方ない…」
「分かってもらえたらいいんです。で、会計は1万円ですか?1万2千円ですか?」
「……名取君…こ、これを…(;´ω`)つ【写真】」

そう言って店長はポケットから何かの写真を取り出し、裏返して差し出してきた。

「…?なんすかこれ」
「橋口君がうちで働き始めた時の写真や…」
「……っ!!!!!!」

泰三さんが血相を変えて店長の手からその写真を奪おうとする。
店長はその手をヒラリとかわす。

「店長!何でそんな写真まだ持ってるんすか!!」
「ホホホ(・3・)あの頃の橋口君は今と比べ物にならんほどの…」
「うわー!わー!!!ユキヒロ!聞くなよ!」
「名取君…じゃあこっちを…は、橋口君の歓迎会の時の…(((;゚Д゚)))つ【写真】」
「深雪さんまで!!やめてください!!!」
「ホホホ(・3・)橋口君、今日の会計は一人1,000円やけど、ええかな?」
「分かりました!分かりましたから!!
2人ともお願いやから写真なおして*くださいよー!。゜゜(つ□`。)°゜。」
「泰三さん……(^_^;)」

あの泰三さんが泣きそうな顔で2人に懇願している…さすがだ。
…という訳で無事?店長の思惑通り食事代は一人1,000円になった。

「ご馳走様でした」
「ご…ご馳走様でした…(;´ω`)」
「名取君、橋口君をよろしくな。
橋口君、また遊びに来るんやで」
「ハイ、本当にありがとうございました」
「もう…写真処分しといてくださいよ…」

俺達は店長と深雪さんに挨拶をして店を後にした。

「はあ…疲れた…」
「もー。そんな恥ずかしがるような写真なの?」
「どんなんか話すのもおぞましいわ…」
「まあ、オレは今の泰三さんが好きだから
昔どんなんでも、全然気にしないよ」
「そ、そうか、ありがとうな」
「それにしてもおいしかったね」
「そうやろ?つーかメインの料理、オレが考えたレシピやった…」
「やっぱり?」
「え、やっぱりって?」
「イヤ、食材は食べたことがない様な高級なものだったけど
なんか味付けが…泰三さんの料理っぽかった」
「そうか…まあ、今のオレの料理の腕前は
あそこで磨かせてもらったんやもんな」
「それに、深雪さんも店長もいい人だった」
「……写真で元店員を脅すような人やけどな(;´ω`)」
「まだそんなこと言ってるー。ホントは泰三さんも好きなんでしょ?
だからあそこでお昼食べようって言ったんでしょ」
「まあな。深雪さんも店長も
オレがゲイやって知ってもそれまでと変わらず接してくれたしな…」
「あんなあったかい人のところで料理を勉強したから
きっと泰三さんの料理はおいしいんだね。また、来ようね。
…っていうか、次はどこに行くの?」
「もうすぐそこやで」

そう言って目線を前に向ける。
そこには小さな喫茶店があった。続きを読む

019. 桜咲く季節に離れ離れになっても

「動くな!!」

その声に目をやると、警察官が銃をこちらに向けていた。

「うひひい、殺せよw」
「来い!」
「あははははははは!!殺せ!殺せよ!!!」

男はもはや正常ではなかった。
笑いながら手足をばたつかせ、
警官に連行されていった。

「大丈夫か?」
「オレはいいから、龍次さんを早く!」
「大丈夫や、救急車がもうすぐ来る」

***

「龍次さん…龍次さん…」

オレは集中治療室のベッドに寝かされている
龍次さんの手を握り、名前を呼び続けた。
涙が次から次に流れ出して止まらなかった。
病室には心電図の音だけが響いていた。
かなりの量の出血があったらしく危険な状態だと聞かされた。
まるで世界の終わりを告げられたような気持ちだった。
「今夜が山だ」という医者の言葉が呪いの呪文のように聞こえた。
部屋の中は時間が止まっているようだった。

「橋口君…君も今日は休んだ方が…」
「イヤです…ずっとここに居らしてください」
「でも、君も…その、身体的にも…ダメージがあるし…」
「オレは大丈夫です…オレのせいで、龍次さんが…こんな目に…」
「……アホやな……」
「龍次さん!?」
「川口!大丈夫か!?」

龍次さんが薄く目を開けた。
こちらを見る。
急に心電図の音が乱れ出した。

「泰三…おお、和泉も…居ってくれたんか…」
「龍次さん!」
「川口!ムリするな!今先生呼んで来るからな!」

和泉さんは集中治療室から駆け出していった。
龍次さんは酸素マスクをはがすと、オレの頬を撫でた。

「…イヤ、オレはもう、あかん…みたいや
いいか…、オレとの事は早う思い…出に、して
ち…違うやつ、と…幸せに、なるんやで…
オレのせいで……ゴメンな…」
「イヤや!龍次さん、ずっと一緒やって、何度も何度も言ったやないか!!」
「……おう、死んでも…お前、の…ここに、ずっと…居らして…な」

そう言って震える手をオレの左胸に当てた。

「龍次さん…イヤや…まだ一杯、したい事あったのに…」
「…オレ、も…やで…でも……もう…
ええか、これだけ…は…忘れるな…
お前のせいやない…ええな…」
「……うん……」
「よし…ご褒美…家に…あるから
オレの……引き、出し……あかん…
最後に…キス、しよ……」

オレの首に手を回し、引き寄せようとする。
その力は消えそうな蝋燭の様に弱々しかった。

「龍次さん!」
「ホラ…早よう…」

最後のキスだった。

オレはそのまま警察病院に入院する事になった。
事情聴取にはある程度事情を知っている和泉さんが来てくれたおかげで
デリカシーのない質問を何度もされる事はなかった。
オレは辛さから逃れるように無感情になっていた。
何も考えたくなかった。

1週間後、腕の傷が大分落ち着いてきたので外出の許可が出た。
桜が咲き始めていた。今年は京都に花見に行こうって約束してたのに…。
胸の代わりに左腕の傷が少しズキズキした。
オレは家に帰り、龍次さんが言っていた「ご褒美」を探した。
机の引き出しを開けると、包装紙に包まれた箱が現れた。

『泰三へ。二十歳の誕生日おめでとう。大好きやで。龍次』

汚い文字で綴られたカードが添えられていた。
包装紙を破らないようにそっと開ける。
中から出てきたのは財布だった。
オレがいつか欲しいと言っていたものだった。

「こんなもん…こんなもん要らん!龍次さんを返せよ!!」

龍次さんの使ってた服、箸、茶碗、ペン、メモ、ケータイ、歯ブラシ、カバン、靴…
何もかもここにはあるのに、龍次さんはもう居ない。
二度と帰ってこない。どんなに手を伸ばしても、この手はもう届かない…。
主を失ったこの家の空気は重く、冷たく、オレの背中に圧し掛かってくる。
封じ込めていた感情が溢れ出し、オレは大声で泣いた。


黒澤は覚せい剤取締法違反と殺人容疑で起訴された。
動機は龍次さんへの復讐だった。
出所してから色々と龍次さんについて調べまわっていたらしい。
オレを襲ったのは龍次さんの大事なものを壊したかったからだと聞いた。
判決は実刑で懲役12年。はっきり言って不満だった。
しかし判決は変えられなかった。

オレは仕事をやめ、和泉さんに家の権利を譲り、逃げるように東京に来た。
自分の不甲斐なさで大事な人を亡くした後悔を
もう二度としたくないという思いで必死に体を鍛えた。
左腕の傷は治っても綺麗に消えなかった。その傷を見るたびに胸が痛んだ。
知り合いの彫り師に頼んで誤魔化すようにタトゥーを入れた。
龍次さんにどこか似ている人とはセックスしたいとさえ思わなかった。
あんなに気持ちよかったはずのウケがまったく出来なくなった。

あの事件から逃げようと、全部捨ててきたけど
この財布と龍次さんの写真だけは捨てられなかった。

***

「でも、あの日お前と出合った時にな…
オレの中でなんかが壊れたんよな。
確かに最初は、見た目やったけど…
お前の優しさと、可愛さにな、惚れてもーた」
「………」
「ま、12年前の話やからな。気にすんなよ」
「泰三さん…オレ…なんて、言ったらいいか……」
「だーから、昔話なんやて!w
まあこの財布と、写真は、そのー…形見と遺影みたいなもんやわ。
龍次さんもきっと、今のオレら見て安心してるんちゃうかな」
「……そう、かな…」
「そうやって。オレが龍次さんの立場でも同じ事考えるで。
これから死ぬ自分の事はひとしきり悲しんでくれたらそれでええ。
立ち直って幸せになって、時々でも思い出してくれたら…ってな」
「そんな!イヤだよ泰三さん死んじゃうのなんて!」
「ハハハ、例え話やって。オレは…そりゃいつかは死ぬかも知らんけど
そんな簡単に死んだりせーへんよ。伊達に鍛えてないからな」
「うん……」
「それに…ウケはまだちょっと怖いけど、お前やったら……ええで」
「エロオヤジw」
「お、懐かしいなwお前もこうなるんやでw」
「ならへん。絶対ならへんw」
「うわwユキヒロの関西弁変なの!超違和感だよwww」
「泰三さんの標準語、キモいwwwww」
「なんやて!この!」
「ひゃはははは!!やめて!わき腹だけは!!」

ドサッ。

「……好きやで」
「うん、オレも……」
「ねえ、もうすぐお盆休みだからさ…旅行しようよ」
「ええな。どこいこか」
「大阪」
「絶対決めてたやろ」
「えへ、バレた?」
「そやな、今年も龍次さんに挨拶に行くか。
…ようやく安心させてやれるかな」
「楽しみだね」
「ああ」続きを読む

018. 誰だっていつかは死んでしまうでしょ

一緒に住み始めてもうじき3年…。
俺達は相変わらず仲良く一緒に住んでいた。
お互いの話もいろいろした。
龍次さんは22歳の時に事故で家族を亡くしたそうだ。
オレは母子家庭で、母親は昔から男作って留守がちだった。
なんか状況は違うけど、ずっと一人だったのは似てるねと笑い合った。

そんなある日の事だった。
夕飯を食べ終わってくつろいでいるとケータイが鳴った。

「もしもし?……なんやって?すぐ行く!」
「仕事?」
「ああ、先月出所したばかりの犯人がまた悪さしてこの辺逃げとるらしい」
「気をつけてな…」

大阪でもあまり治安がよくない町だったので
こういうときは本当に不安だった。
龍次さんを送り出し、部屋の掃除をしていた時
玄関の外で何か音がしたような気がした。

(ん…?龍次さん帰ってきたかな)

そう思って玄関を覗いてみたが、誰もいなかった。
その時。

「お前がぁ……龍次の男かあぁ?」

背筋が凍るような声だった。
とっさに振り返ったが既にそいつはオレの目の前に居た。

ダン!

物凄い力で壁に叩きつけられる。
男の顔は逆光で分からないが、体格も、力も完全に相手が上だった。

「くっ…、だ、誰や!」
「うえへへ……ひ、み、つw」
「ふざ…けんな!この…!」
「うぐっ!」

男の鳩尾に膝蹴りを食らわせる。
家宅侵入の上に暴行未遂。このくらいなら正当防衛だろう。
男が怯んだ隙に抑え付けられていた両手を解こうとする。
左手が辛うじて解けた。
そのまま男の顔面を狙ってパンチを撃とうとした瞬間…

ザクッ。

「アハハアアァァw悪戯する手は、おしおきしなきゃなw」
「がぁぁぁぅぐっ」

今度は右手で気管を塞いできた。声が出せない。

「大声出すなぁよぉぉぉぉぉおwwwひひひw」
「…!!…!!!!」

左の二の腕が焼けるように痛む。
何かが、刺さっていた。

「龍次にはぁあ、世話になった、からなあぁああw
御礼をおぉをお、しなきゃなぁぁあwwうひひ」

髪を掴まれ、リビングに引きずられた。
そのまま床に抑え込まれる。
首を締めながら、左手に刺さっていた物をずるりと引き抜く。
痛みに叫ぼうにも、気管がふさがれて声が出ない。

「安心しなぁ。殺しはぁああぁ、しねぇよw
でも…楽しませてもらうがなぁぁぁああぁ」

そう言いながら目の前にかざしてきたのは…ナイフだった。
血がべっとりとついている。
服を切り裂かれ、窒息しない程度に喉を抑え付けながら
そいつはオレを犯した。
ニヤニヤと厭らしい笑みをこぼしながら…。
血に染まったナイフを見せつけながら…。
その目は、常人のそれではなかった。

オレは切り裂かれるような体の痛みと
心臓をひねり潰されるような心の痛みに耐えながら
ただ、涙を流し、その男を睨み付ける事しか出来なかった。

「黒澤あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

その怒鳴り声は龍次さんのものだった。
リビングの入口で息を切らしている。

「おwww主人公登場うううひひいひいいいw」
「お前……!よくも、泰三を!!!」
「動くなよ、こいつ、死ぬぜェェェええええw」
「くっ…!!」

「おまえもぉお、運がねぇなああぁ
こいつがぁ、オレを逮捕しなけりゃ…
お前があ、こいつと付き合ってなけりゃぁあ…
こんな目にいぃ、遭わなくてえ、済んだのになああぁw」

「お前…また薬に手出したんか!」

「ああはははあぁぁはははw
お前の事、恨んでるぜえぇw
こんなにキモチイイ物ぉををおw
取り締、まぁぁりいいいいやがってえェええええええ!!!!!!!」

それまでニヤニヤとしていた男の顔が
急に鬼のような形相に豹変したかと思うと
いきなりナイフを龍次さんに向かって投げつけた。

「うぐっ!!」

腹にナイフが深々と突き刺さり、
そこから真っ赤な血がボタボタと流れ出した。

「龍次さん!龍次さん!!クソッ!この野郎ぉぉぉぉぉ!!!」
「ひひひひひひいいいいムダムダムダムダムダぁぁぁぁwwwwww」

男は嬉しそうにまた腰を振り始めた。
痛みが体を貫くが、龍次さんを助けたい一心で力いっぱい抵抗した。
しかし力で完全に負けているオレの抵抗は虚しくあしらわれるだけだった。
どのくらいの時間が過ぎたのだろう…

「う、ぐ…うおおおおおお!!!」

龍次さんが叫んだ。見ると腹のナイフがずるずると引き抜かれていた。
シャツの切れ目からどくどくと真っ赤な血が流れ出している。
既にかなりの出血をしているようだった。
意識が朦朧としているのか、
焦点の定まらない目でフラフラとこちらに歩み寄ってくる。

「龍次さん!オレの事はいいから、救急車呼んで!!!」
「泰三…オレのせいで、ゴメンな…」

龍次さんはナイフを振り上げた。
しかし…そのまま意識を失って倒れてしまった。

「龍次さん!龍次さん!!うわああああああ!!」
「はははははははははは!悲しいか?悲しいか?
誰だって!いつか!死ぬんだよ!それが!今だっただけだ!
はははははははあはっははははははは!!!」

男は狂ったように笑いながら腰を振り続けた。
オレは龍次さんの名を呼びながら必死に手を伸ばした。
でも、どんなに手を伸ばしても
たった数十センチの距離は縮める事が出来なかった…。続きを読む

017. 2人だけの特等席

「いっ…!」
「ムリするなよ…」
「イヤや…」

オレは龍次さんの上に跨って
初めて一つになろうと悪戦苦闘していた。

「う……ぐぁっ!」
「お、おい…うわ、キツいな…大丈夫か…?」
「………す、すげー痛い…」
「抜くか…?」
「い、イヤや…この、ままずっと…」
「前に倒れてこれるか…?」

両膝を突き、ゆっくり上半身を前に倒していく。
龍次さんが優しく背中に手を回して抱きとめてくれた。

「ゆっくり深呼吸しぃ」

言われた通りに深呼吸する。
下腹部を覆っていた重い痛みが少しだけ和らいだ。
背中を撫でながら、キスしてくれた。
右手が股間を愛撫してくる。
痛みですっかり萎えていたのに、簡単に立ってしまった。

「ははは、さすが17歳やな」
「う、く…あっ…」
「イけそうか?いつでもイッてええで」
「あか…あかん、出そう……」
「よし、思いっきり出せ!」
「うああ、で、出る!ああああ!」

初めての合体はなんとも初々しいもんだった。

「ぎょうさん出たなw」
「はあ、はあ……」
「そろそろ、抜くか…?」
「イヤや、ずっと、こうしときたい…」
「そっか。ほな、萎えて自然に抜けるまでな」
「うん…龍次さん、好きやで」
「オレも好きやで」

告白してから1ヶ月目、6月のある週末の事だった。

***

それから10ヶ月…高校を卒業して、
オレは家を出て龍次さんの家に住まわせてもらい
新世界にあるフレンチレストランで働き始めた。
元々料理は好きだったが、
卒業したら一緒に住もうか、という龍次さんの誘いに
龍次さんのためにもっと旨い物を作りたい、と思い、
進路も決まってなかった事もあり、龍次さんの家の近くにあった
このレストランを就職先に選んだ。
新世界とはいえ一応本格フレンチのレストランで
レベルも高く、叱られる事も少なくなかったが
龍次さんのために、という一心でがんばった。

「ハイ、今日はミートローフ」
「おお!すごいな!めっちゃ旨そうやん(*゚∀゚)=3」
「ヘヘヘ、ハンバーグみたいなもんやけどな」
「イヤイヤ、お前の愛が込もっとるがなw」
「うわー、オッサンくさwww」
「お前もそのうちこうなるでw」
「ならへん。絶対ならへんwさ、食べよ!」
「おう、いただきます!」
「いただきます」
「お、旨い!」
「そりゃあ、オレの愛が込もっとるからな」
「お前もゆうてるやんw」
「オッサンと一緒に住んでるからうつったんやわ。責任とってなw」
「ええで。今日も一杯責任取ったるw」
「エロオヤジwww」

俺達はもくもくとメシを食った。
時々目が合うとニヤッと笑いあう。
あとは他愛もない会話を少しだけ。
オレはこの空気が好きだった。
少ない会話で通じ合えるこの時間が。
どんな高級レストランよりこの食卓での食事が幸せだった。
ここは、2人だけの特等席だと思った。

「ごちそうさま!あー旨かった!」
「ごちそうさまー。あ、龍次さん」

リビングのソファに行こうとしている隆二さんを呼び止める。

「ん?」
「口の上、ケチャップついとるで。鼻血みたいやんw」
「え?あ…w」
「オッサン臭い事ばっか言うくせにこういうとこは子供みたいやなw」
「うっさい!wあ、そうや、ちょいこっち来てみ」
「何?」
「ええから」

ソファに座った龍次さんはニヤニヤしながら手招きし、
左手でポケットをごそごそと探る。
かすかにチャリ、っと金属の触れる音がした。

「手、出してみ。左手」
「は?」

右手でオレの左手を掴む。
ポケットから出した左手がオレの左手の指に添えられた。

「ぴったりやな」
「これ……って…」
「今日で1年やろ。記念にな。ペアやで、ペアw」

そう言って自分の指にももうひとつの指輪をはめて見せる。

「龍次さん……」
「これからも、よろしくな」
「……うん!」

オレは龍次さんに抱きついた。
知らない間に涙がこぼれていた。続きを読む

016. ツンデレーション(後編)

それからオレは週に3回は学校に出るようにした。
でも、学校に出た日もあの人に会える事を期待して
あのゲーセンでストIIを毎日やった。

「オイ、お前宮高の生徒やろ」

視線だけ上げる。

「なんや、今工か」
「なあ、ちょっと金貸してくれんか」
「財布落としてもーて、なあw」
「困った時はお互い様って言うやろ」
「…内ポケットからはみ出てるのは何や」
「こ、これは……なあ」
「まあ、その中身も、落としたっていう財布の中身も
どうせ空っぽなんやろ。ついでに頭の中身もか?」
「あぁん!?」
「なんやとコラ!」
「……ちょっとこっち来いや」

路地裏に連れて行かれてボコボコにされた。
当時は大して筋肉質でもなく喧嘩もそんなに強くなかった。
ただ、目つきの鋭さと既に185センチあった身長で
あまり絡まれる事がなかっただけだった。

(クソ、痛てぇな……!)

殴られながら、蹴られながら
それでも財布の入ったカバンは絶対に渡すまいと
胸に抱え込んで亀のように丸まっていた。
その時聞き覚えのある声が聞こえた。

「オイ、お前ら!何さらしとるんや!!」
「やべ!逃げるぞ!」

今工の生徒達は路地の反対側に逃げ去ってしまった。

「オイ!大丈夫か」
「……なんや、オッサンか」
「今の、今工の生徒やろ。お前、なんでやり返さへんのや」
「相手に怪我させたら暴行だか、障害で犯罪になるやろ」
「お前…」
「ハァ、オッサンの言う通りにしたらこのザマや…」
「何があった?」
「別に…金たかられたから、断っただけ」
「そうか…何も取られんかったか?大丈夫か?」
「大丈夫なわけないやろ。顔も服もドロドロやし…あちこち怪我したわ」
「とりあえず送ったるから、一緒に来い」
「…イヤや」
「何?」
「イヤや、学校フケて遊んどったのバレるやん」
「…そっか、じゃあ…とりあえずうちすぐそこやから、そこで休むか」

そいつの家は意外にも一戸建てだった。

「一戸建てか…」
「意外か?」
「生意気…」
「一応公務員やからなwホラ、上がれ」

しかし中は雑然と言うか…どっちかというと汚かった。

「…これで嫁が居る言うたらオッサン、離婚した方がええで」
「はははw心配するな、花の独身貴族やw」
「これが貴族の家か…?」
「まあまあ、硬い事言うな。男同士やろ。
よし、とりあえず泥落とさんとな。服、脱げ」
「え?」
「洗濯するから服、脱げ」
「え…イヤや」
「…しょうがないな。ホレ、タオル。そこが脱衣所。
一人やったら着替えられるやろ?シャワーして傷も洗った方がええで。
あとで着替え置いとくからな」

オレは一人脱衣所で服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びた。
ぬるま湯にしても出来たばかりの傷はヒリヒリと染みた。
風呂から出たらスエットが置いてあった。
一応匂ってみたけど変な臭いはしなかった。

「おし、きれいになって出てきたな!」

そいつは満足げにオレを見て言った。

「消毒するで。こっち来い」
「ええよ、そんなん」
「ええから!ホラ、こっち。ここ座れ」
「……」

オレをソファに座らせるとオレの足元に胡坐をかき、
足、手、顔の傷をてきぱきと消毒してくれた。

「お前…オレの言った事、守ってくれたんやな」
「……別に。おっさんに手柄挙げるチャンスやりとうなかっただけや」
「まったく、素直じゃないのw」
「……でも…」
「うん?」
「助けてくれて、ありがとう…」
「ああ、いつでも助けてやるからな」

そう言うと、嬉しそうにこっちを見て微笑んだ。
胸が痛いほどドキドキして、顔が赤くなる。思わず目を逸らした。
オレ、この人にホレたんかな…?
016

「なあ…」
「何?」
「お前、立ってるんちゃう?」
「……!!」

気付かなかったが、無意識のうちに下半身に血が集まっていた。
しかもスエットだから勃起してるのが丸分かりだった。
一瞬で頭がグチャグチャになった。

「こ、これは…その…!」
「ええんやで、高校の頃は何もなくても立ったりするもんやw」
「ちが…そういうんじゃなくて……!」
「ん?」

今思えば完全に暴走してた。

「オレ、オッサ…龍次さんの事が……好きや!」
「……………」

龍次さんはきょとんとした目でこちらを見上げていた。
沈黙で我に返った。。汗が頬を伝って流れ落ちる。
恥ずかしい…けど、視線が外せない。
ご、誤魔化さないと…。

「な、なんてな!はははwビックリしたやろ」

どう考えても焦って取り繕おうとしてるようにしか見えない。
余計にテンパって何か言おうとするけど言葉が出てこない。
龍次さんはそんなオレの隣に黙ってゆっくり腰掛けると
肩を抱き寄せて頭を撫でてくれた。

「ありがとな…勇気出して言ってくれて」
「……………うん」
「これからずっとオレが守ったるからな」
「………うん……」

緊張の糸が切れたのか
体の力が抜けてしまった。
龍次さんの心臓の音がただ、耳に心地よかった。続きを読む

015. ツンデレーション(前編)

「オイ」
「…なんやねん」
「自分、高校生やろ?」
「だったらなんやねん」
「学校は?」
「…フケた」
「そうか。勉強嫌いか」
「……ほっとけ」
「あのな、ホントならとっ捕まえて学校に引きずっていくとこやで」
「出来るもんならやってみれや」

平日の昼間。学校をサボって
ゲームセンターでストIIに勤しんでいる最中に
横から話しかけられてオレは不機嫌だった。

「まあ、オレも高校の頃は勉強が嫌いやったからな、
学校に行っても友達は居らんかったし
学校に行きたくないお前の気持ちが全く分からんわけでもないからな」
「イジメられっ子ってヤツか?ダサいの」
「イジメとはちょっと違うな。
オレらの年代のイジメはもっとこう、暴力的やったからな」
「ふーん…」
「ま、そんなんやから別に無理矢理学校に行けとは言わん」
「やったら、ほっといてくれや。オッサン」
「オイオイ。オレまだ20代やで。…まあ来年30やけど」
「高校生からしたらオッサンやわ」

ゲームに集中できず、ダルシムに負けてしまった。

「ああ!オッサンが話しかけてくるせいで負けたやんか!」
「悪い悪いwホレ、100円。これでチャラやろ」
「補導もせずにゲーム代まで出すんか」
「アホ、無意味に補導されんように保護者代わりになってやっとるんやんけ」
「つーかオッサンなにもん?うち金持ちちゃうで」
「ははは、オレは『お巡りさん』やでw 今日は非番やから私服やけど」
「ウソつけ。普通おまわりが学校フケた高校生をほっとくか」
「ほな制服姿見せたるから、明日スー玉で万引きしてみるか?」
「アホか、それ捕まるの前提やんけ」
「冗談やってw まあ、お前がこれからも学校サボるなら
そのうち制服姿でウロウロしてるとこ見たりもするんちゃうかな」
「…真面目に仕事せえよ、税金ドロボウ」
「はははw まあ、学校サボるのはええけど…犯罪はするなよ」

そいつはオレの肩に手を置くと
真顔でオレの目を真っ直ぐ見つめて言った。
スポーツ刈りが伸びたような頭、不精髭、ジャージ…
ホンマに警官か?と思うような井手達だったが
オレの事を見つめる真剣な視線は
本気でオレが犯罪に手を染めない事を願っていた。そう感じた。

「お、オッサンが高校生に手を出すのも犯罪やで」
「ははは、なに照れとんねんw
そうや、オレは川口龍次って言うんや。
浪速警察署勤務やから変なヤツに絡まれたりしたら飛び込んで来いよ」
「オッサンの世話になんかなるか。も…、もう帰るわ」
「おう、気をつけて帰れよ」

オレは顔が熱くなるのを感じた。
…なんだこの感覚。異様に胸がドキドキする。
性的な興味は既に男にしかなかったが
一人の男に対してこんなドキドキしたことなんかなかった。
多分赤くなってる顔を見られまいと慌ててゲーセンを出ようとして足を止めた。
そして引き返してその男のところに戻った。

「ん?どうした、忘れ物か?」
「これ」
「100円?」
「借りは作りたないし」
「ははは、そうかw」

笑いながら差し出した掌に載せた100円玉を
無骨な指で摘み上げる。
掌に指が触れる。汗が出てきた。
015
「……橋口」
「ん?」
「橋口泰三…オレの名前」
「泰三か。男らしい名前やな」
「ほな…」
「おう!たまには学校にも行けよー」

(川口…龍次か…)

自転車をこぎながらさっきの事を反芻するように思い出す。
何度も何度も、
あの人の真っ直ぐな目を。
肩に置いた手の温もりを。
優しい笑顔と低く張りのある声を。

オレはその夜なかなか眠れなかった。
でもあの人の言う通り、たまには学校に行ってもいいかな、
なんて思っていた。続きを読む
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